【シルクロード】6日目(その4)中国列車の旅 雨に煙る天山南路 ~ カシュガルに到着

列車は、輪台を16:10に発車して、またひたすら西を目指します。ずいぶん進んできた気がしますが、トルファンから600キロ程度、カシュガルまでの行程の半分にも達していません。

あらためて、天山南路の長さ、タクラマカン砂漠の広さに感嘆します。  

雨粒の舞うタクラマカン砂漠

砂地の砂漠に一本道が走り、そこをトラックが行く。涙をそそるような寥々とした風景。

 

輪台からのカシュガルまでの時刻表はこの通りです。カシュガルまで、あと11時間。

輪台16:10
クチャ(庫車)17:36
新和18:09
アクス(阿克蘇)20:57
カシュガル3:20

すると、ほんとに雨が降ってきました。これは、おそらく、とても珍しいことなんでしょう。他の乗客たちも、驚きの表情。

 

列車は雨に煙るクチャ駅に到着。

けっこう激しく降って、駅のホームに水溜りも浮いてます。

クチャは、今も昔もシルクロードの主要なオアシス都市。大勢の乗客が入れ替わります。

同室の母子も、ここで降りていきました。私の部屋は、ふたたび、私一人になります。

 

クチャは、古代は亀茲国が栄えた土地。市街の北には、亀茲国最大の仏教遺跡スバシ故城があります。

玄奘三蔵の見聞録「大唐西域記」に登場するアーシュチャリア寺院ではないかと考えられているそうだ。ちなみに、「大唐西域記」は、玄奘が訪問した110カ国におよぶ見聞録。マルコポーロの東方見聞録に勝るとも劣らない紀行文なのだろうか。

 

農家の家。あるいは旧市街。下川裕二さんは、クチャを訪れた際、著書の中で、

シルクロードの眺めは旧市街にあった。ポプラの並木になぜかホッとする。

下川裕二 著作 「不思議列車がアジアを走る」より

と、記しているが、漢民族の開発のスピードに、ウイグル人は、やはり押されてしまってるのだろうか。

 

雨に煙るポプラの木の向こうに、クチャの新市街。

 

雨が降っていると、田園風景もしっくりきます。日本でもよくある景色。

天山山脈の頂から雪が消えました。というより、雪をかぶった部分が見えなくなってしまった、ということでしょう。

みずみずしい景色を眺めていると、突然乾いた川が。ほんとにシルクロードの旅って、面白い。

旅を面白がってるのは、全乗客中、私だけかな。この列車には、おそらく1,000人以上の乗客がいるんでしょうが、私のように、ずっと目を見開いて景色を眺めてる人間って、何人ぐらいいるんだろう? 多分いない?

軟臥車の乗客は、もううんざりモードですね(笑) 

 

シルクロードの民族楽器かな。

18:09新和(シンホー)駅に到着。トルファンから8時間。ようやく半分近く来ました。

 

すぐ南はタクラマカン砂漠という町です。乗客の顔も、ますますウイグルっぽくなってきました。

 

砂漠が、雨によって濡れて、粘土状に見える、めったに見れない光景。貴重なシーンかもしれません。

古代から、旅とは、必要に迫られてするものだった。

いつからなんだろう、旅が1つの興行として文化になったのは。いや、古代シルクロードの時代にも、日々、刻々と移り行く景色を、苦行の中楽しんでいる雑魚兵もいたに違いない。

それほどにも、移動しているだけのこの時間、移りゆく景色が、私の目をとらえてはなしません。

雨霧の中、小駅を通過。

  

雨なのに、水を撒く散水車。あるいは、水しぶきを上げるトラック。

  

雨の舞うシルクロードを眺めながら、ウオークマンで音楽を聴く。至極幸せなとき。

なんて音楽を聴いていたら、女性車掌が、だれかもう一人を連れて部屋に入ってきました。警官でした。「どこに行く?」「カシュガルからの予定は?」「新疆ウイグル自治区に知り合いはいるか?」など、かんたんに聞かれて終わり。愛想はよかったです。

この辺りは、けっこう本格的に降った様子。

 

なんと読むのかわからない、お経にでも出てきそうな駅名。

夕暮れのタクラマカン砂漠

急に、雲が途切れました。本日はじめてみる青い空です。雨もあがりました。

大量の水が流れた様子。

 

操車場が現れたと思ったら、アクスに到着です。夜9時でこの明るさ。

いっぱい乗ってきそうですね。私一人独占状態のこのコンパートメントにも、来客があるかな。

 

このアクスが、最後の停車駅。この次が、降りるべきカシュガルになります。

アクスの出発が20:57。カシュガル到着が3:20。6時間もノンストップで走るんですか。

 

空港も持つ町アクスは、ふつうに都会っぽいです。

この町も、数年で、とんでもなく発展した都市になってしまうんでしょうか。

アクスのビル群の向こうに夕日が沈んでいきます。   

 

まだ明るいですが、時刻は21時を回っています。今朝起きたのが6時。この列車の中では、1回も居眠りしてませんので、そろそろ眠くなってきます。

というより、早く寝たほうがいいんです。

明日は、未明の3:20にカシュガルに着き、そのまま予約してあるホテルへ。

ここまではいいんですが、その後、ホテルにお願いして車をチャーターしてカラクリ湖へ行く予定なんです。その道中だって、景色見たいし、居眠りなんて絶対したくない。

ということは、陽が落ちた今、素直に寝ることですね。お腹はすいてるけど・・

残りの「楼蘭ワイン」をゆっくりのどに流し込みます。

そして、歯を磨きに行きます。さすが、軟臥車。清潔な洗面台でした。

 

部屋に戻って、横になります。アクスで同室者が増えましたが、漢民族の青年で、スマホいじりに余念がありません。

  

夕焼け。ということは明日の天気は晴れでしょうか。明日は、1日ドライブです。天気がいいに越したことはありません。幸運に感謝しながら、眠りにつきます。

シルクロードの景色を10時間以上眺めて、いっこうに飽きず・・

私も、旅中毒、重症なほうでしょうか(^_^)

 

未明のカシュガル駅に到着

午前3時にセットしてあったスマホが鳴り、目を覚まします。列車は止まっていました。

この間、1回も目が覚めませんでした。列車の乗り心地がいいもんだから、いくらでも眠ってられるぐらいに、眠りに引きこまれます。

ほぼ同時に、女性車掌が起こしに来てくれて、チケットを返してもらいます。女性車掌は、チケットの確認などをするだけでなく、定期的に各コンパートメントの中を掃除したり、けっこう重労働ですよ。ウイグル人の女性車掌さん、ありがとうございました。

そして、定刻3:20にカシュガル駅に到着。トルファンから17時間、ようやく、タクラマカン砂漠の西の果ての町に到着です。

大きな町なので、未明とはいっても、大勢の乗客が降ります。

カシュガルの駅名票を探したんですが、見つからず。あきらめて、駅の外に出ます。

さて、トルファン北駅での出来事があるので、思いっきり身構えます。でも、これだけ大勢の乗客、まあ、外国人は少ないんだろうけど、どうやってさばくんだろう??

こりゃ、駅から出るのに、1時間以上は確実か・・・

なんと、そのまま駅の外に出られちゃいました。この時間、警察も寝てるってこと??

あまりにも拍子抜けです。あのトルファン北駅の騒動は何だったんだ?

駅の外に出ると、タクシー運転手が群がります。これは、いい方の誤算。だって、未明に着いて、ホテルまでの足がなかったらどうしようと、ひそかに心配していたものですから。

ほんとに、なんの手続きもしないで大丈夫かな、と若干心配しながら、タクシーに乗り込みます。

予約してあるホテルは「喀什天縁国際酒店」。ホテル名をスマホに表示して運転手にみせると、すぐにうなずきます。有名なホテルなんだろうか。料金は20元と言われました。

相客2人とともに、タクシーはまだ真っ暗闇のカシュガルの町を走ります。そして走ること約15分。私のホテルに一番最初に到着しました。

当たり前ですが、町もホテルもまだ眠っている時間。ホテル入り口の警官も、フロント嬢も眠ってました。

可哀想でしたが、フロント嬢を揺り起こしてチェックイン。寝ぼけ眼で、私のパスポートをペラペラやるので、入国印をなかなか見つけられません。5日前に上海浦東空港で押してもらったスタンプのページを、私が探して見せてあげます。

そしてカードキーを受け取ってチェックイン完了ですが、明日の予定として、カラクリ湖に行く方法を相談したい。どうやってクルマをチャーターすればよいか、という意味の相談をしても、今は代理店も閉まってるし、と明日にならないとわからない様子。

仕方なく、エレベータに乗ります。

時刻は午前4時。この時間にチェックインするために、前夜から予約しています。したがって、カシュガルは、実質2泊ですが、3泊分を払い込んでいます。

3泊で11400円。1泊3,800円とかなり安いので、まあいいでしょう。設備も良さそうだし。

 

シャワーを浴びながら、明日の予定を考えます。

明日は、ここから約200キロ離れたタジキスタン、パキスタンの国境に近いカラクリ湖へ行く予定にしています。

たいてい、ホテルでクルマをチャーターできるようで、その場合、1,000~1,200元で行ってくれるらしいですが、往復400キロですから、ほぼ丸1日の行程となります。

最悪シナリオになるのが、明日の朝、ホテルにお願いして、カラクリ湖へ行くクルマがすべて出払ってしまうこと。昨日から労働節がはじまっているし、可能性がないわけではない。

その場合でも、ひょっとしたらタクシーでも行けるのでは、とか、カシュガルの町歩きを予定している明後日と、日程を入れ替えることはできるよな、と考えがまとまり、朝8時までの短い眠りにつくことにしました。

17時間、列車に揺られてきたので、柔らかいベッドがなんともいえない、いい気持ちです。

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