10連休のシルクロード弾丸旅行。
残すは、本日を含めて5日。折り返しを過ぎました。
現在いる場所は、カシュガル。中国最西端といってもいい町。
ずっと訪れたいと思っていた町でした。
トルファンから19時間かかった列車旅の余韻と感慨にふけりながら、ホテルの窓から町を見下ろします。
文明の十字路 カシュガル
カシュガルは、かつてシルクロードの十字路、あるいは文明の十字路と呼ばれた、中央アジアと中国の交易の要衝でした。
地図で見ればわかるように、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタンなどの国境にほど近く、たとえば、シルクロードの主要な都市、ウズベキスタンのサマルカンドまで約800キロ、ガンダーラ最大の古代都市パキスタン・タキシラまでも約700キロ、玄奘三蔵が目指した、天竺 インドまでも数百キロの位置関係です。
ただし、それは直線距離であって、各々の国境には、天山山脈、パミール高原、カラコルム山脈など、世界の屋根と呼ばれる、地球上もっとも標高の高い難所がひかえています。
想像するに、古代シルクロードを西から歩んできた旅人は、この世界の屋根を越えてたどり着いたカシュガルで、旅装を解き、オアシス都市の恵まれた産物で、峠越えで酷使した身体を癒されていたことと思います。
言ってみれば、シルクロードというのは、砂漠の中、水を求めてどのようなオアシスを辿るかは別として、「世界の屋根」をどのように越えるかが、洋の東西を結ぶ鍵だったような気もします。
ところで、このカシュガルに代表される新疆ウイグル自治区のエリアが、中国に取り囲まれるようになったのはいつ頃からであろうか?
現代では、中華人民共和国成立からということになるのだろうけど、古くは漢の時代に西域都護府を設置したのが、漢民族の西域支配のはじまりと思われます。
その後も、中国が、唐、宋、元、明、清と国の形が変わっていく傍らで、カシュガルはイスラム文化を軸としたウイグル人の都市として成長し、何度か独立国を造るものの、国としての体制をアピールできぬまま、いつの間にか、中華人民共和国の自治区になってしまった。カシュガルの歴史をひも解くと、そんな風に見えてきます。
顔つきも、言語も、生活スタイルも、信仰する宗教も、漢民族とはまったく違うウイグル人。
中国での生活は、困難を極めていることは、容易に想像できます。
おりしも、1991年に旧ソ連が解体され、中央アジアに5カ国の独立国ができると、独立への機運は高まり、2009年ウルムチ市で起きたウイグル騒乱は、それが最悪の形になって現れた紛争の一つです。
他民族同士が、一つの国家の中で共生していく。
これが、どんなに大変なことか、一応単一民族国家とされている日本に住んでいると、わからないことも多い。
カシュガルの人口は120万人。そのうちウイグル人系は80%を占めます。
この、新疆ウイグル自治区という多民族国家で、人はどのように生活を営んでいるのか。
私は、ぜひとも、それが見たくて、カシュガルにやってきたわけであります。
クルマをチャーター カラクリ湖へ出発
多民族国家論など、エラそうに論じましたが、本日の予定は、郊外の景勝地カラクリ湖を訪れる観光旅行。
カラクリ湖は、カシュガル市街から200キロほども離れているので、郊外ですますような距離ではありませんが、万年雪を抱いた山々のはざまに浮かぶ青い湖は秘境そのもので、せっかくカシュガルを訪れるならと、無理して行程に盛り込みました。
カシュガルには2日滞在します。
なので、多民族国家の観察は明日の町歩きで楽しめばよし。
今日は、無数のシルクロードの旅人が歩いたとされるカラコルム・ハイウエイのドライブです。
昨夜というより、朝4時半の就寝。そして7時半に起床。眠くないといえばウソになりますが、ホテルの窓から見えた昇ったばかりの太陽の美しさで目が覚めました。
カラコルム・ハイウエイのドライブとはいっても、そもそもクルマがチャーターできなくては、話になりません。
7時半にフロントに行くと、まだロビーは真っ暗。
あらためて8時過ぎにフロントをたずねると、10分くらいあちこち電話してくれてましたが、ようやく運転手がみつかり、めでたくカラクリ湖往復のクルマがチャーターできました。
いろんなブログを読むと、800元から1,000元でチャーターしているようですが、今回のチャーター料は1,200元(19,200円)。2万円と聞くと高い気もしますが、せっかく西の果て、カシュガルに来ていて秘境を訪れない法はありません。
いずれにしろ、チャーターできなかったら、タクシーで行こうと考えていたので、めでたくゲットできてほっと胸をなでおろします。
ホテル前には、中国人観光客が溢れてました。
その中国人たちに交じって、立っていたのが今回チャーターしたクルマの運転手。
さっそく挨拶して、スマホの画面を見せて、私の旅の趣旨を理解してもらいます。
スマホの翻訳アプリには「私は、写真を撮ることが好きなので、景色のいい場所では、クルマを止めて、写真を撮らせてください。」
それを見た運転手は、少し怪訝な表情をして、私をホテルの中に戻し入れ、フロントまで連れて行きました。そして、ホテルのフロント嬢となにやら話しています。
(??? 何が起きた??)
私は、写真を撮らせてね、と頼んだだけです。
何が起きているのか皆目見当がつきません。
まさに、トルファン北駅で起こった、あのときと同じ、狐に包まれるとは、こういうことを言うんだろう・・・
しばらくして、フロント嬢は、なにやら自分のスマホを操作し、画面を私に見せました。
そこには、「道沿いには、たくさん検問所があります。そこでは、絶対に写真を撮らないでください。逮捕されます。」と、ありました。
運転手は私に、わかったか、いいな、という感じで理解を求めます。
なるほど、そういうことでしたか・・
ようやく合点が行きましたが、もちろんそんなことするつもりありませんが、この神経質な対応、ベールに包まれた新疆ウイグル自治区の現在の状況を物語っているのかもしれません。
私は、カメラをカメラバッグに仕舞い、運転手を安心させてから車に乗り込み、出発です。午前9時でした。
ちなみに、気温は暑くも寒くもなく、日本の5月と同じくらいな感じです。