フェニキア人の古代遺跡カルタゴ 徒歩観光【チュニジア旅行記 #10】

海から吹いてくる風に吹かれながら、セントルイス大聖堂を見上げます。 

1840年に建てられたらしいんですが、現在の建物は1890年に再建されたもの。

しかし、丘の上に忽然と姿を現すので驚きます。

TGMの駅からここまで、一人の人とも会わなかったので。

さて、ここを出発点として、カルタゴの遺跡を見て歩きます。

 

カルタゴ遺跡の共通券をゲット

この大聖堂の脇にチケット売り場があり、12ディナール(≒460円)で販売してくれました。

この共通券で、カルタゴ遺跡8箇所に入れるようです。

カルタゴ遺跡の見学ルート

カルタゴ遺跡は、けっこう広範囲に散らばっているので、しっかりと歩くコースを練っておくことが肝要。

私は、次の順にしました。

  1. ビュルサの丘
  2. 円形闘技場(Amphitheatre)
  3. ローマ劇場(Theatre Roman)
  4. ローマ人の住居(Villas Romaines)
  5. アントニウスの共同浴場(Thermes dAntonin)
  6. カルティエ・マゴン(Quartier Magon)
  7. 古代カルタゴの港(Ports Puniques)
  8. トフェ(Tophet)

なんか、一筆書きでもやってるみたいで、コース作成の段階からなかなか楽しかったですが、「地球の歩き方」によると、1日ですべてを徒歩で回るのは無理、とある。

でも、全部つなげてもたぶん10kmないし、行けるでしょ、って感じで、mapsmeに場所を登録して、時計回りに遺跡をめぐることにしました。

まずはビュルサの丘です。あの大聖堂の後ろ側に建っているのがカルタゴ博物館。

ビュルサの丘から眺めるカルタゴの町

今立っている場所がビュルサの丘。遺跡も地中海も臨めるようです。

 

おお、なんかいいですね。

カルタゴの町も、建物は白を基調にしているみたいです。

手前には遺跡。

   

丘の斜面に並ぶ遺跡を、ゆっくり見て回ります。

 

ここは、まさにポエニ戦争によって、ローマ帝国に滅ぼされたカルタゴの中心。

 

今から2,200年も前の話です。

  

ポエニ時代の住居跡

さらに斜面のほうに進むと、住居跡らしい遺跡が。これが、ポエニ人の住居だったところですね。

 

当時は、どんな感じだったんでしょう。

今は、地中海から吹いてくる風の音しかしません。

観光客もちらほら。朝早すぎるのかな。でも、もう10時を回ってるけど。

いきなりの対面だったけど、ビュルサの丘&ポエニ人の住居、素晴らしかったです。

   

この柱も当時のまま?

さて、そろそろ次のターゲットに。

ビュルサの丘を北に下ります。

ほんと、mapsmeというアプリは便利だわ。

自分が、どこを歩いているのか、たちどころにわかる。旅人にとって、こんな心強いことはありません。

今、私は、この画面の通り、ビュルサの丘をあとにして、円形闘技場に向かっています。

マップを見ればわかるように、この遺跡だけが、ちょっと飛んでいます。

飛んでるといっても1kmぐらいなので、ふつうに歩けます。

ビュルサの丘の入り口ですね。

大聖堂も見えました。

 

mapsmeは、こんな道でも案内します。

そして、たどり着いた円形闘技場。

さっきのチケットを見せて入ります。

すると、チケット下段のマスをスタッフがチェックします。

なるほど、スタンプラリーみたいですね。

ローマ時代の円形闘技場

さて、円形闘技場です。

 

円形闘技場ということで、けっこう期待して来たんですが、意外と崩れちゃってますね。

その昔は、階段状に観客が座る部分があったのでしょうか。

 

でも、たしかに、立派な広さです。

キリスト教徒の処刑も行われたらしい。

闘技場の周囲は密林です。

 

あの穴から猛獣が放たれたのかな。

 

信じられないことですが、この円形闘技場は、私一人の完全に貸し切り状態でした。

チュニジアの治安って、だいぶ落ち着いてるようには思うんだけど、世間的には、けっこう敬遠されちゃってるのかな。

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