喜望峰から帰って、つかの間の休憩。
念願の喜望峰に行けたことで、軽い幽体離脱状態です(笑)
気がつけば、テーブルマウンテン上空の雲が取り払われています。
このタイミングで、登頂したくなる衝動にかられましたが、私は再びウオーターフロントへ。
これから、あのネルソン・マンデラ氏も収監されていたという、刑務所島ロビン島(ロベン島)に向かいます。
私は、南アフリカ共和国を訪れることになるまで、恥ずかしながら、この世界遺産・ロビン島のことを知りませんでした。
ウオーターフロント サイロ地区へ
ロビン島に行くには、ツアー参加が必須。
そのツアーは、ウオーターフロントのサイロ地区の埠頭から出ています。
なので、まずはホテルを出て、ウオーターフロントに向かいます。
学校帰りの小学生(中学生?)とすれ違います。
ウオーターフロントは、昨日同様の賑わい。
毎日こんな感じなのかな。
全容を見せているテーブルマウンテン。
明日まで、この天気が続けばいいけど。
サイロ地区は、ウオーターフロントの東よりにあります。
でかいチェス。
このブリッジを渡ればサイロ地区。
ツアーフェリーでロビン島に向けて出航
あのクロックタワーの左奥に見えているのが、ロビン島の博物館であり、ロビン島ツアーの発着所でもあります。
この南アフリカ共和国が、近年までアパルトヘイトという人種差別政策を行ってきたことは、あまりにも有名。
これから向うロビン島は、アパルトヘイト時代に、反アパルトヘイト活動を行い、政治犯とみなされた囚人たちが収容されていた島です。
ツアーは、1日4回開催されているようです。私は、本日の15時の回をWebで予約しておきました。
このツアー、大変な人気らしく、「地球の歩き方」の教えに従って、前もって予約しておいたのですが、チケット売り場の列はこんなもの。
まあ、人気があるとはいっても、こんなものだろうと思いながら、中へ。
すると、びっくり!。
ツアーに行く人、こんなにいるんですか??
Webチケット購入者は、ファストパス的なルートがあるのかなと思ってると、そんなことはなく、同じ列に並びます。
モニタには、アパルトヘイト時代の、忘れてはならない画像が流されていました。
壁には19世紀から20世紀にかけての年表も。
はるばる日本から印刷してきたEチケットを提示。ピッとやって、桟橋へ。
このEチケット、下のほうに名前も書いてあります。船のツアーだから、乗船名簿の役割もしてるんだ。
ああ、こんなに大きな船なんだ。なら、こんなにいっぱいツアー客いても大丈夫だね。
記念写真係。
みんな2階に行ったのかな。1階は、あの行列がウソのようにすいてます。窓際ゲットです。
窓際ゲットといっても、窓は塩で汚れています。ロビン島までは30分程度。
ウオーターフロントを出航すると、すぐに見えてきました。ロビン島です。
船は、とても揺れるぞ、といううわさもあったのですが、今日に限っては、風もなく、穏やかな大西洋のミニ航海でした。
先入観があるからか、一見すると、監獄島のようには見えません。
どこかのリゾートアイランドのよう。
ロビン島に上陸
到着です。海の色が、テーブル湾よりも、ぐっと緑色になります。
島内の単独行動は禁止ということになっています。みんなツアーバスに乗り込みます。
ツアーガイドを務める黒人ガイドさん。
刑務所の中は、別のガイドさんが説明するようなことを言っています。
まずは、いきなり、ツアー参加者の国籍?をたずねられました。
イギリス、フランス、イタリア、と次々に声が上ります。
そのうち、ガーナ、マリ、という声も。
声が少なくなったところを見計らって「ジャパン!」と大きく叫びました。
このバスは、アジア人は、私一人のようです。
さっそく解説が始まりますが、英語のため、8割がたわからず・・・
翻訳アプリで、同時通訳を狙うも、wifiのスピードが遅く不可・・
バスは、ゆっくりとロビン島の中を走ります。
途中、お墓が見えたり。
ロビン島から眺める本土。
島を取り巻く海流はとても早いそうで、脱走しにくい、というのも、この島が刑務所になった理由の一つとのこと。
色々な施設も見えます。
ひと通り、島内をドライブしたあと、休憩ポイントで小休止。
ロビン島から見るテーブルマウンテン。
繰り返すけど、明日もこの天気が続きますように。
奴隷貿易の悲劇を、じっと眺めます。
売店で、ミネラルウオーターをゲット。
これだけの観光客が、毎日押し寄せるんです。売り上げもすごいでしょう。
海流の速さを想像させる波。
この島が、最近まで刑務所島であったことなど感じさせない平和な光景。
では、これから、刑務所見学に行きますよ。