ロベン島 マンデラ氏も収監されていた刑務所見学 【南アフリカ旅行記 #13】

さて、バスに戻り、このツアーのメインイベント、刑務所内部の見学です。

バスが発車すると、車内から歓声が。

窓外を見ると、ペンギンちゃんです。

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世界文化遺産 ネルソン・マンデラ氏も収容されていた刑務所見学

いよいよ、ツアーの目玉、刑務所の見学。

そもそも、刑務所という施設が、一般に目に届かない上に、ネルソン・マンデラ氏という、ノーベル平和賞を受賞し、アパルトヘイト廃止後の南アフリカ共和国初の全人種参加選挙にて、大統領にも選ばれた、世界史を学んだ人なら誰でも知ってる偉大な人物が、政治犯として18年も収容されていた施設です。

私の、今回の旅では、この島の、この刑務所の見学は、興味深いものの一つでありました。

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しかも、解説は、実際にこの刑務所に収容されていた方によるもの。

ゆっくり話してくれるので、私などでも、年代、固有名詞、基本的な動詞などから、言っていることのおおよその意味はつかめますが、録音しておくべきだったと、今になって後悔しています。

なにしろ、解説の口調が、ものすごい迫力ですから。

そんじょそこらの、日本の政治家の演説など、まったくもって足元にも及ばないですよ。

ツアー客も、神妙に聞いています。

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扉を開けて、中に入った様子。

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さらに部屋に入ると、いきなり手紙が展示されていました。

収容者の家族との接触は、1年間に面会は30分。手紙は2度しか認められなかったとのこと。

しかも、その手紙は、検閲で不適当と判断された箇所は、切り抜かれ、穴だらけになっています。

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こちらは、シャワー室とトイレ。

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そして、洗面所。

おそらく、使用時間も、〇分と、厳しく決められていたんでしょうね。

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収監者のベッド。

しかし、これが与えられるようになるのは1970年代後半からだったと、説明がありました。

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このベッドルームで、元収監者からの解説があります。

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ツアー客一同が集結。

そして、ガイドさん(元収監者の方)の、年代ごとに、この部屋で何が行われてきたのかなど、熱のこもった解説が行われます。

まさにそれは、演説と見まがうばかりでした。

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1960年代は、ベッドではなく、床にこのマットを敷いて眠っていたらしい。

一同、しんみりとしながら、静かに聴いています。

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これは、質素な献立の内容ですね。

パン数切れや、紅茶などが、献立メニューだったとのこと。

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収監者には、IDがつけられ様々な点で管理されていました。

たとえば、ここには、学習の自由はなく、勉強が許された数少ない収監者のみ、学習することが許されたらしい。

一番下には、刑期が記されてますね。20年ですか・・・

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ガイドさんの演説に圧倒されながら、次の施設へ。

今まで解説してもらっていたのは、共同収監所であるセクションD。

これから、政治犯などが収監されていたセクションBに向かいます。

あの親子は、この島の居住者?

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マンデラ氏が収監されていた独居房

マンデラ氏など、政治犯のリーダー的収監者は、セクションBに収監されていたとのこと。

そのセクションBには、前のツアー客が詰まっていて、先に中庭に案内されます。

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この中庭では、囚人たちが、決められた時間だけ、サッカーなどに興じることができたそうです。

当時の写真も掲げられていました。

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これも、当時の様子。

左側が一般的な囚人。右の列は政治犯だそうです。

やってる仕事にも違いがありそうですね。

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大人たちは、興味深く観察しています。(当たり前だよね。そのために来たんだから。)

ところが、連れられてきた子供たちは、退屈そのもの(笑)

仕方ないわな。

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いよいよ、マンデラ氏が収監されていたセクションBです。

完全に隔離された、独立房となっています。

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そして、これがまさに、マンデラ氏が収監されていた部屋。

ツアー客が、次々に写真を撮り合っていました。

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トイレはありません。バケツです。

本当に、ここで18年も・・・

マンデラ氏は、その後、別の刑務所で9年も投獄(計27年間)され、完全に自由の身となったのは、1990年2月11日のことです。

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アパルトヘイトが廃止されたのは、1994年。

日本が、昭和から平成へ、世界は冷戦終結に舵が切られていたころ。

それから、まだ25年しか経っていません。

本当に、最近まで、非人道的なことが行われていたんです。

 

独居房を背景に、記念写真を撮るツアー客(私もですが・・)

マンデラ氏が収監されていた頃、1999年には世界遺産に登録され、観光客が写真を撮りあう施設になるなんて、想像できたでしょうか。

マンデラ氏およびその協力者たちの、強い信念が、この平和な光景を生み出したんですね。

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見学が終了しました。

出口のところにいたガイドさんに、熱心な解説のお礼のチップを、わずかですが包ませていただきました。

皆さん、心を動かされたようで、ガイドさんに握手を求める方も多数。

 

私も感動しました。

 

このような案内を、毎日精力的に行ってるのでしょうか。頭が下がります。

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埠頭に戻ります。

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埠頭のオフィスで、もう一度、チケットのコードをチェック。

島への「観光客の積み残し」がないかどうかの確認ですね。

この地図を見て知りましたが、島には飛行場もあるようです。

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短い時間だったけど、忘れられない思い出となったロビン島にさようなら。

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一同ぐったり・・・

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こちらは、元気組。波もすごいです。

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このツアーには、ウオークマンは持ってこなかったんですが、この波を見ているうち、あるフレーズが口をついて出ました。

~ 嵐の中戦って、突風の中生き延びて ~
~ ゆっくり休みなさい 疲れた羽を癒すの ~

~ だけど飛魚のアーチをくぐって、宝島が見えるころ 
  なにも失わずに同じでいられると想う? ~

~ 人は弱いものよ とても弱いものよ ~

~ 人は強いものよ そして儚いもの ~

(出典:「強く儚い者たち」 Cocco)

ガイドさんの熱唱を聴いているうちに、感傷的な気分になってしまいました。

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