高昌故城を後にしたクルマは、次はアスターナ古墳群に向かいます。
ウイグル人の集落を通過
あれは、ガイドさんによれば、トルファン版ビニールハウス。
ウイグル人の集落でしょうか。
イスラムっぽい建物と、トヨタのクルマ。
運転手にゆっくり走ってもらい、町並みを眺めます。
ウイグル版コンビニかな。
楽しそうな表情のウイグル人たち。
中国共産党が、ウイグルを締め付けてるという情報も目にしますが、本当のとこはどうなんでしょう。
ガイドさんに聞くと、そんなことはない。
一帯一路構想などで、新疆ウイグル自治区にも多額の政府資金を投じ、それがきっかけで庶民格差も出ている。
それが、ウイグルを締め付けているような報道につながっているのではないか。
実際、イスラム教だって認められているし。というように話していました。
夫婦のミイラが眠るアスターナ古墳群
さて、高昌故城から、ウイグル人の集落を通過して、アスターナ古墳群にやって来ました。
ガイドさんに聞くと、アスターナとは、ウイグル語で首都という意味だそうです。
なるほど、カザフスタンの首都もアスタナというよな。
ところで、チケット代はガイド料に含まれていますが、このチケット一つでさきほどの高昌故城、ここアスターナ古墳群、これから向かうベゼクリク千仏洞など6箇所が含まれているので、大変便利です。
ガイドさんは、自称「暑さに弱い」だそうです。
毎日のように、この炎天下の中をガイドしているので、顔色は精悍そのものです。
アスターナ古墳は、文字通りお墓が集まった遺跡。
高昌国や唐代の西州の貴族や住民たちの墓地と考えられています。
敷地の中に入ります。墓の総数は1000を超えるそうですが、公開されている墓は3つ。
残念ながら、墓の内部の写真撮影は禁止です。(ほんと残念・・・)
そのうちの一つ215号。
外は、うだるような暑さですが、墓の内部はひんやりした空気。
215号の内部には、見事な屏風が飾ってありました。
発見された20世紀初頭より、内部の壁画などは、やはり国外に持ち出されてしまったとのこと。
中国南方の貴族の墓 216号
216号。ここは、中国南方の貴族の墓であると考えられている。
内部の写真がないので、伝わりにくいかもしれませんが、たしかに、中国南方の、いわゆる「南船北馬」の「南船」をイメージしやすい水郷ムードあふれる壁画になっているのだ。
ガイドさんも、この貴族夫婦は、故郷の風景を懐かしみながら死んでいったのでは、と言ってました。
そして、アスターナ古墳群の目玉。
ミイラが納められている210号に入る前に、しばし休憩。
というのも、210号の中に先客が入っていて出てこないから。
実際、混みあうシーズンでは、順番待ちでかなり待つこともあるそうです。
とにかく中は狭く、人が4人も入ったら、なかなか見学は苦しい。
お、先客さんが出てきましたね。
見覚えがあるな、と思ったら、さきほどの高昌故城で一緒に電動カートに乗っていた4人グループでした。
欧米の方のように思います。見直されている東洋文化。
夫婦のミイラが納められた210号
さて、圧巻だったのは、この210号。夫婦のミイラが納められています。
ガイドさんが、意味ありげに「どちらが、旦那さんだと思いますか?」と、私に質問してきます。
私が当てずっぽうに「右」と答えると当たり。
股間のところに、性器がしっかりとついていました(笑)
エジプトのミイラなどとは違い、防腐措置がなされておらず、そのままミイラ化させているのが特注であるとのこと。
この墓には、壁画の類が一切ないのも、威圧感を漂わせます。
ミイラの現物を目の当たりにして、高潮した気分で墓を出ます。そして、暑い・・
敦煌でも見かけた飛天像かと思いましたが、違って、西域の伝説「伏羲と女媧」の像だそうです。
アスターナ古墳の出口へ。
短い滞在時間でしたが、心に残るアスターナ古墳でした。
古墳の発掘は、今でも行われているようで、これから何年か後、ものすごい発見が待っているかもしれません。