【シルクロード】3日目(その1) 敦煌に到着 朝もやの陽関

寝台列車の心地よい揺れ。昨夜は、ほぼ徹夜でしたから、ぐっすり眠れました。

現在、午前6時過ぎ。まもなく、敦煌に到着です。

夜明けの敦煌駅に到着

さて、歯でも磨くかと、上段ベットから飛び降りると、なんと下段はもぬけの殻。

あの日本人。てっきり、終点の敦煌まで行くものとばかり思ってたけど、張掖か嘉峪関で降りたらしい。深夜じゃないですか??

一瞬、盗難を疑いましたが、持ち物は全部無事。ああ、びっくりした。目は覚めましたが、高級軟臥室内の洗面所で顔を洗います。

窓外は、ようやく夜が明けるころ。女性服務員がチケットを返しにきました。

そして、6時30分。定刻に敦煌に到着。

蘭州から12時間27分の旅でした。

立派な駅です。

中国人にも、敦煌は人気のある観光地のようです。

今日の予定は、実はこのまま終日観光にでかけます。

駅に、ツアーガイドさんが迎えにくることになっています。申し込んだのは、中国全土をまたにかけるオプショナルツアーが売りのチャイナエイト。これから今日一日、専用の日本語ガイドとクルマと運転手がついて1,400元(約22,000円)と値ははりますが、前回の蘭州の炳霊寺石窟のときの対応も誠実で、またお願いしたしだいです。

敦煌は、見所が郊外に散らばっているので、1日で見れるだけ見ようと考えたら、クルマのチャーターが、もっとも効率的です。見るところは、陽関、莫高窟、鳴沙山です。

無事にガイドさんと合流。握手をして、車に向かいます。

「立派な駅ですね。」というと、「出来たばかりなんです。」と、人のよさそうなガイドさんは誇らしげです。

敦煌めぐりは沙州古城跡から

4WD(たぶん?)に乗り込んで出発です。わくわくします。私とガイドさんと運転手の3人の旅。これから、シルクロード遺跡をたずねていきます。

駅前を通過。みんな、出迎えや観光バスを待ってるのかな。

 

市の中心部に入るゲート、というか門。

敦煌の第一印象は、緑が多く、砂漠のオアシス都市という感じはしないですね。

ガイド「朝ごはん、どうしました?」

私「まだ食べてないけど、大丈夫です。」

ガイド「では、私と運転手で、牛肉面食べてくるので、少し待っててください。歩いてすぐのところに、沙州古城跡がありますよ。ここ敦煌は、かつて沙州と呼ばれていたんです。」

15分後に戻ってくるといって、ガイドさんたちは牛肉面屋さんに入っていきました。中国人は、ほんとに朝から牛肉面を食べるんだね。

私も、お腹すいてないといえばウソになるけど、早朝からラーメンは遠慮したい・・

車を止めた交差点。だだっ広いです。気温は15度くらい、半そでシャツでは、少し肌寒い。

あれが、沙州古城跡ですね。

 

敦煌は、前漢の時代より沙州と呼ばれていたとのこと。

シルクロードの要衝として栄えたころの城跡です。

紀元前111年に敦煌郡が置かれたとありますね。シルクロードの旅が、実感をともなってきました。

  

壁面から垂れるツタが、どこか「嘆きの壁」を思い出させます。

陽関への砂漠ロード

さて、これから本格的に郊外へ出向きます。まずは陽関です。陽関は、シルクロードの重要な関所。狼煙をあげていた遺跡が残っているそうです。陽関までは70キロの道のり。

クルマが郊外に出るや否や、砂漠の中に出ました。シルクロードの実感が、また高まります。

  

ガイドさんが、「鳴沙山」と教えてくれました。とにかく横に長く40キロもあるとのこと。

風の強い日が多く、そういうときは静電気が発生して、砂が鳴くような音がするらしい。

左の車窓から、鳴沙山が消えません。

なにかの寺院?

早朝の砂漠。クルマで走っていると、どこか現実離れている気分。2年前、ヌビア砂漠をクルマで駆け抜けた記憶が、脳裏をよぎります。

 

気持ちのいいドライブ。外の気温は低いはずなのに、蜃気楼が現れます。

 

陽関は直進。玉門関は右折です。

両方とも、古代シルクロードの重要な関所。今回の私は、陽関だけ訪れます。両方とも敦煌から7~80キロほど離れているからですが、無理すれば行けたような気もする。

右の車窓には、建設中の線路が。ガイドさんに尋ねると、青海省のゴルムドまでの鉄道を建設中とのこと。ゴルムドは、チベットのラサなどに行く際に通るクンルン山脈のふもとの町。スケールが大きいです。

 

いよいよ、陽関のエリアですね。

  

どこまでも広がる砂漠。砂漠を移動していると、旅してる気分が高まるのはどうしてだろう。

遺跡?ではないな。

陽関は直進。

分岐して、砂漠に消えていく道。

なんか、久しぶりに不気味な光景を見たような気がする(^_^)

雄大な風景の1点 陽関 関所跡

陽関の入り口に着きました。早朝で開門と同時です。駐車場も一番乗りでした。

敦煌市街から1時間くらいでした。

チケット売り場。

チケットを購入、50元(800円)です。

陽関は、烽火台だけが遺跡で、あとは造られたものですが、それでもどこか雄大さを感じます。

古代の関所も、こんな感じだったのかな。

偉大なる張騫です。不覚にも、ガイドさんに言われるまで知りませんでした(汗)

漢の代に、匈奴に対抗するため、自分から進んで(武帝に指示されて?)西域への道を切り開いた勇者。

帰国してから、張騫の名前を娘たちに聞いたら、知っていました(笑)

 

博物館です。

陽関 博物館

狼煙台ですね。

漢の武帝。

ガイドさんが、張騫のたどった足跡を説明してくれます。

シルクロード横断の際の馬車に使われた道具。

当時からお金があったんですね。

囲碁も当時からあったんだ。

 

これは武器?

博物館を見学している間に、太陽が昇りました。

では、いよいよ遺跡の烽火台跡を見学に行きます。

  

西安の兵馬俑かと思いました。でも時代は近いよね。

まだ観光客が一人もいないから、ますます広々と感じます。

 

昔の関所そっくり?

 

その関所をくぐると、ふたたび張騫の姿が。

お土産屋さん兼休憩所。

あの電動ミニバスで烽火台跡まで行くそうです。

 

最近、落ちて怪我した人がいるらしい。しっかりとシートベルトをとめます。

早朝の冷たい空気を身体で浴びます。ほんと、長袖シャツ持ってきてよかった。

遺跡として残る烽火台跡

見えました。烽火台です。

 

遺跡であるのは、この部分だけ。

 

太陽は昇ってますね。でも曇り空なのが、雰囲気をかもしだしています。

後から造った石碑とはいえ、カッコいい風景。

まわりは茫洋とした砂漠が広がるのみ。

 

唐代の詩人王維が、「君に勧む更に尽くせ一杯の酒 西の方 陽関を出づれば故人無からん」と、詩に詠った場所です。三蔵法師も、インドからの帰途の際、ここを通りました。

しばし、時間を忘れてたたずみます。早朝で、私のほかにいるのはガイドさんだけ。

まだ旅に出て3日目ですが、やっぱり旅に出てよかった、と思える風景。シルクロードの要衝としての全盛期は、この砂漠だけの地が大いに賑わっていたのでしょうか。

  

烽火台に近づいてみます。ほんとに、砂漠の中の1点です。

どこから攻めて来るかわからない敵を、見張ってたんですね。

唐の時代から、よく風化せずに残ったものです。雨がほとんど降らないからかな。 

 

今、私は西の方角を見ています。

この先、400キロの地点には幻の楼蘭。楼蘭まで、オアシスはなかったとのこと。

王維が、「西の方 陽関を出づれば故人無からん」、と詠った意味もわかるような気がします。陽関を出たら、言葉も交わす人もいなくなる、ってとこかな(違うかな)。

こうして、じっと見ていると、楼蘭の町影や、「さまよえる湖」ロプノールが現れそうな気がしてくるから不思議。地球上には、いろんな土地があるものです。

当時のここから楼蘭までの旅程は、約16日。楼蘭王国は、東西からの旅人で大いに賑わう国際都市だったとのこと。町には、多くのキャラバン隊が編成され、旅人の出発を待っていました。

なんか、目に浮かぶ光景ですね。

烽火台の裏側に回ってみました。

敵の侵入を知らせるために、何回ぐらい火が炊かれたんだろう?

砂漠の中の1点 陽関 遺跡でした。

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