【京都一人旅 #33】雨に煙る大原 途方に暮れた「寂光院」への道

長短かかわらず、一人旅には、どこかで途方に暮れる出来事に遭遇するものですが、今回の旅では、バスターミナルから「寂光院」までの道のりに、それがありました。

途中にある「民宿 大原の里」の予約を取ってあり、とりあえずそこまで行って荷物を降ろそうと思っていたのですが、傘などまったく役に立たない大豪雨です。

 

豪雨の中キャリーを転がして「民宿 大原の里」へ

「寂光院」まで、大原バスターミナルから徒歩15分。

ということは「民宿 大原の里」までは10分くらいでしょうか。

ままよ、とばかりに豪雨の中に飛び出します。

カメラをしっかり守って、キャリーはずぶぬれ状態です。

スマホで道を確認しながら、ようやく看板が見える場所までこれて一安心。

 

周りの風景が、山峡のように。

このあたりに旅館が集まってるみたいですね。

多くの方はクルマで訪れるのでしょうが、私のようにバスで来る人は、バスターミナルから徒歩15分の距離が、悪天候だと足かせになります。

ずるいもので、このあたりまで来ると、小止みになりました。

そして、たどり着いた今夜お世話になる「民宿 大原の里」。

1泊2食つきで税込み9,200円。温泉もあって、GOTOの対象なので35%戻ってくることで予約した由。

温泉だけつかることもできるんですね。

すると、京都市内を拠点に、「三千院」などをまわったあと「寂光院」の帰りに一浴して京都市内に帰るというプランもありそうですね。

 

「寂光院」への旅館街?

さて、荷物を旅館に預けたところで、本日最後の訪問地「寂光院」へ向かいます。

「寂光院」は、その名の通り、大原のはずれの寂しい場所にありますが、そこへ至る道は、旅館街になっています。

とはいうものの、今夜私が泊まる「大原の里」と「大原山荘」ぐらいしかないようですね。

紅葉のシーズンなんかは、あっという間に予約が埋まってしまいそう。

宮内庁の看板?

なんか雰囲気のいい小道を登っていくと「寂光院」の看板が見えました。

平清盛の娘建礼門院が尼僧として過ごした「寂光院」

平清盛の娘といわれてもピンときませんが、なんかとてつもなくスケールの大きい話です。

入り口からして雰囲気ありますね。

チケットをもらって、石段を上ります。

またまた、芸術的な苔に出会いました。

芝生のような苔ですね。

秋にも来てみたい。

「寂光院」は、そもそも594年に聖徳太子が父・用明天皇の菩提を弔うために建立されたと伝えられるのがはじまり。

そんなに古いのですか。

順路に従って本堂へ。

本堂の中は撮影禁止です。

尼寺なので女僧さんが、地蔵菩薩立像が安置されていることや、建礼門院(「けんれいもんいん」平清盛息女、高倉天皇中宮、安徳天皇母)が、我が子安徳天皇の菩提を弔いながら終生を過ごした話などを聞かせてくださいます。

本堂の縁側から眺める庭園も絶品です。

この本堂は、実は2,000年に何者かの放火により焼失しました。

桃山時代の建築の特色を残している大変貴重な建築物だったので、焼け残った木組みや部材を入念に調査し、2,005年に復興させたそうです。

本堂を出て、境内の散歩。

眺めれば眺めるほど素晴らしい「寂光院」本堂。ここも来てよかったです。

汀の池。

後白河法皇が、「汀(みぎわ)の桜」を詠んだ場所。

建礼門院徳子 御庵室跡

「寂光院」は、壇ノ浦の合戦で平家が敗れたあと、ひとり助けられた建礼門院が女僧として生涯を過ごした場所ですが、この本堂の北奥の場所が、隠棲していたと伝えられている庵跡とのこと。

 

樹木と苔の観賞が楽しい境内の散策。

重要文化財のすべてに監視カメラと赤外線探知機を備え付けたほうがいいんじゃないかな。

中国共産党のいいところはいいところで学ばないと。

「三千院」でも見かけたお子様地蔵。

それにしても、素晴らしい苔と樹木の競演。

では、閉館時刻も迫ってきたので、「寂光院」をあとにします。

本日は、「三千院」「宝泉院」「寂光院」と回ったけど、どれも特色があって素晴らしい芸術的な寺院でした。

今日の行程はこれで終わりですが、久方ぶりの温泉旅館に、自家製の味噌が自慢の料理とのことで楽しみな一夜です。

旅は楽しい・・

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