不思議なもので、カトマンズに着いてからまだ24時間もたってない。
しかも、街を歩きはじめてたった4時間なのに、ずっとカトマンズにいる気分。
それだけ、タメル地区やアサンバザールの風景が、あまりに日常に溶け込んでいて、新鮮さの中にもどこかでみたような懐かしさを感じとれたからだろうか。
あまりに街歩きが楽しすぎて、ランチも食べずにもう昼過ぎ。
ホテルに帰って、束の間の休憩。
カウボーイのロゴがカッコいい地ビールを買ってきたら、ノンアルビールだった^ ^
さて、午後は旧カトマンズ王国の中心「ダルバール広場」を歩いてみよう。
入場料1,000ルピーの「ダルバール広場」
タメル地区のホテルから徒歩15分。
ニューロードのロータリーを右に折れると、もうそこは、ダルバール広場へ通じる石畳。
観光客でいっぱい、というのではなく、ネパール人で賑わってる。
そんな感じの、大晦日のダルバール広場へ通じる道。
さて、いよいよ広場かな、というところでネパール人に呼び止められる。
一瞬、うさん臭そうにみえたけど、表情は誠実。
なにかな?と思ったら、入場料を払ってくれ、ということでした。
外国人は1,000ルピー、つまり1,000円。
この3点セットをくれたけど、1,000ルピーが高いのか安いのかよくわからんw
ミュージアムの入場券もついているみたいだけど、内部は写真撮影ダメみたい。
緑色のエントリーパスを首から下げて、広場を歩きはじめます。
民族衣装をまとったネパール人に、はしゃぎまわる子供たち。
明日から新しい年。
古今東西、人は新しい年を迎えるにあたって、気持ちが浮き出すようですw
パサンタプル広場と呼ばれる広場の中央には露店が集まってました。
年末年始の旅で、なにが不安かって、その街の平時の姿が見れなくなること。
でも、カトマンズにおいては、それは杞憂でした。
広場の奥に行くと、様々な寺院が出迎えてくれます。
巨大なネパールの国旗も出迎えてくれました。
地震から見事な復興を遂げた数々の寺院
ところで、ネパールは、日本と同じく地震大国。
大きな地震が絶えませんが、2015年4月にもマグニチュード7.8という巨大地震がカトマンズを襲い、800万人以上の方が被災を受け、建物も相当な被害を受けたと聞きます。
そういう目でダルバール広場を眺めると、修復中の建物がまだまだ多い印象ですね。
被害に遭われた方は大変だったでしょう。
広場をぐるりと旋回して、広場の北側の門に到着。
ここでもスタッフに呼び止められるけど、緑色のパスを見せるとニッコリ笑って「ウエルカム!」。
反対側には、つぶれかかっている建物のかたわらで談笑している人々。
広場の中には、いくつもの寺院が点在。
しかし、Googleマップでそれをみると、跡形もないほど崩れてしまってる建物も多い。
壊滅的な被害だった、という表現も目にします。
だから、ここまで修復するのには、大変な作業を要したとお察しします。
いまでは、このとおり、ほとんどの建物が元通りに。
しかし、この一帯には、ジャガナート寺院、タレジュ寺院、カーラ・バイラヴなど、著名な寺院が多くあるんですが、私には、どれがどれだか区別がつかないw
この派手な石像は「カーラ・バイラヴ」かな。
破壊神シヴァ神の化身だそうです。
色を塗り替えたらしく、こころなしか可愛く見えます^ ^
いるのかもしれないけど、なぜか欧米系の観光客すら見当たらない。
自分一人だけが部外者という感じ。
この心地よい孤独感に浸りながら、さまよい歩くダルバール広場。
ナラヤン寺院の上から見下ろすパサンタプル広場
17世紀に、パールティヴェーンドラ・マッラ王という、絶対に覚えられそうもないネパールの君主によって建てられたナラヤン寺院によじ登ってひと休み。
向こうに見える広場は、さきほど1,000ルピー払って入ってきた東門に面したパサンタプル広場。
そして、右側の重厚な建物がクマリの館。
女神クマリが住んでいて、一定の時間、わずかに窓から顔を出すそうだけど撮影は禁止。
「地球の歩き方」に、その女神クマリの写真が載ってたけど、美しい少女だった。
選ばれるには、大変厳しい条件があるみたいだけど、日本の皇室のように、代々入れ替わっているのだろうか。
女神クマリにも興味はあるけど、私には、目の前の人並みの方が楽しい。
眺めながら、やっぱり外国の旅って楽しいな、なんて、あらためて思う。
これは、反対側。
この背中に、きれいなカーブをえがく翼をまとった石像は、インド神話に出てくるガルーラ神だそうです。
ナラヤン寺院の奥にひかえているのが、ひときわ高いシヴァ寺院。
2015年の震災では、完全に倒壊してしまっていたようですが、みごとに復活。
9段の石段の上に、三重の塔が誇らしげにそびえてました。
さて、陽も傾きはじめたところで、もう少しカトマンズの街を歩きますか。