【世界遺産】火葬の煙ただようパシュパティナート寺院【ネパール旅行記 #9】

街歩きも楽しいけど、雑踏をかき分けるように走るリキシャやバイク、タクシーからの車窓もそれなりに面白い。

2024年1月1日。

元日の朝に、カトマンズの世界遺産「スワヤンブナート寺院」を見学した私は、同じく世界遺産である「パシュパティナート寺院」に向かうべく、タクシーに乗りました。

渋滞する元日のカトマンズ

自分が歩いているときは、まったく邪魔な存在のクルマ。

でも、旧市街の細い路地を助手席で高みの見物は、それはそれで楽しい。

 

ちなみに、スワヤンブナート寺院からパシュパティナート寺院へは、交渉の結果800ルピー。

パシュパティナート寺院は、カトマンズ空港のちょっと手前。

空港からタメル地区まで850ルピーだったから、そんなにボラれてないでしょう。

ていうか、空港のクーポンタクシーが高すぎるってことよ^ ^

この2つの世界遺産の間は、距離にして6.6km。

歩けば1時間半で、歩けないこともないけど、まあ体力温存です。

Googleマップの徒歩ルートは、タメル地区のど真ん中を横切るルート。

タクシーは、どこかバイパスを使うのかな、と思ってたら、なんとそのままタメル地区を突っ切るルートへ飛び込みました。

それも、けっこう飛ばすのでスリルがある。

800ルピーのジェットコースター。

ところが、空港へ至るメイン通りに出ると、大渋滞です。

そして、パシュパティナート寺院に近づくと、まったく動かなくなりました。

大盛況だった元日のパシュパティナートロード

運転手もお手上げ。

私も、途中でおろしてもらう旨告げました。

 

そしてパシュパティナート寺院に通じるストリートに出向けば、この人の洪水です。

ここはまだパシュパティナート寺院の手前で、火葬場などがある施設はもっと先だと思うんだけど、この寺院は、4大シヴァ寺院のひとつとされるヒンズー教の聖地。

だから、寺院もひとつではなく、敷地内にいろんな寺院が点在しています。

ここも、その寺院のひとつなのでしょう。

これは、すごい行列だ・・・

しばらく、どうしたものかと立ち尽くしてましたが、みなさん靴を脱いで入って行っています。

ということは、ここで靴を脱いで、はるか数百m先の行列の最後尾まで行かねばならないということ。

その時点で、人の流れに合わせて、目の前の寺院を見学するのをあきらめました^ ^

では、パシュパティナート寺院の象徴とされる、ガート沿いの火葬場の見学に参りますか。

向こうのほうから煙が漂ってくるので、間違いなく、方向はあちらです。

それにしても、凄まじい雑踏です。

これが、元日のパシュパティナート寺院に至る参道「パシュパティナート・ロード」。

明治神宮並み??

まてよ、今日は日本も元日だった、当たり前かw

1000ルピーが必要&ガイドはお断りした火葬場見学

さて、どうやら寺院の本来の敷地の入り口にたどりつき、中に入ろうとすると「エクズキューズミー?」

チケットを買ってくれとのことでした。

1000ルピーでした。

値段も高いけど、チケットもでかい。

チケットを手に入れ、おもむろに歩き出そうとすると、さっきの声をかけてきたネパール人が「ガイドはいらないか?」と聞いてきた。

胸にライセンスのようなものをつけてたし、たぶん本物だったと思うけど、ガイド料の交渉が面倒で辞退しました。

入場料が1000ルピーなら、ガイド料はその倍くらいはするでしょ^ ^

 

そして、聖なる河「バグマティ河」を眺めます。

ちなみに、これらの写真は、さっきのガイドさんに「撮ってもよいのか」と了解をもらって撮ってます。

インドのバラナシでは、火葬場の写真撮影なんてとんでもないこと。

遠くから炎がみえるくらいの場所からならいいんだよ、などと教えを乞いながら撮ったものでしたが、こちらはオープン。

同じヒンズー教でも考え方が違うらしい。

でも、そうはいっても、ここは聖地。礼節を欠いてはなりません。

この目の前のバグマティ河も元をたどればガンジス河の支流。

直線距離で、ここから約250km。

インドのパトナの東で、ガンジス河に合流する聖なる河です。

ヒンズー教徒は、輪廻転生を信じているので、墓を作りません。

だから、遺灰をこの川に流すのがネパールのヒンズー教徒の願望です。

対岸にも寺院が並びますが、向こうに見える白いストゥーパは、エッカイダス・ルドゥラと呼ばれる11の塔。

こうして眺めていると、ほんとにインド・バラナシを思い出す。

あのガンガーのガートの活況は、忘れられない記憶だ。

ちなみに、パシュパティとは、獣の王という意味で破壊神であるシヴァとつながっています。

神国日本で言えば、スサノウといったところかな(違ってたらすいません)

さて、もう少し丘の上の方に歩んでみよう。

境内をさまよいながら「輪廻転生」について考えてみる

上の方に行ってみようと思ったけど、この上にあるのは「ヴィシュワループ寺院」と「キラテシュワール寺院」。

その2つの寺院とも、ヒンズー教徒以外は入れないことになっている。

だったら、このバグマティ河周辺をさまよい歩いて、「輪廻転生」について考えてみてもいいかな。

おお・・

高台なので、さっき人混みをかき分けて歩いたパシュパティナート・ロードの雑踏がみてとれます。

ひとくちに「輪廻転生」といっても、ヒンズー教と仏教では、微妙に意味合いが違うらしい。

時代的には、ヒンズー教が先輩で、仏教の輪廻転生はヒンズー教を受け継いだもの。

さらにいえば、ヒンズー教の先輩はバラモン教だそうだが、そこまで深入りすると、私のような素人ではついていけない。

日本人の私にもなじみのある仏教の輪廻転生は、人は死ぬと生まれ変わる。

生まれ変わる世界は「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」「人間」「天上」の6つ。

そして、そのどれに生まれ変わるかは、生前の行いがものをいう。

要するに悪いことをすれば「地獄」に落ちる、というのはわかりやすいが、その悪いことには「殺人」や「窃盗」、「不倫」などの当たり前のように悪いことのほか、「飲酒」まで悪行とされている。

 

つまり、仏教においては(諸説あるようではあるが)私などのように酒を楽しむような堕落した(とされる)人間は、人間として生まれ変わることはできない。

そりゃないでしょ・・・

仏教の輪廻転生の考え方は、凡人にはあまりにもせっしょうだ(冗談です)

一方で、ヒンズー教においての輪廻転生の考え方は、死んだら生まれ変わるけど、魂の部分はそのままということらしい。

つまり、その人間の人生観(生まれ変わったら人間でなくなる可能性はあるが)は引き継がれ、肉体部分が別の体に変わる。

当然、動物に生まれ変わることもあるので、動物を大事にする考え方が宗教観となったとのこと。

 

どっちがいいのかな・・・

いずれにしろ、そんなことを考えられるのは、私がノンレリジョンだからだ。

各々の思想をリスペクトした上で、その世界をのぞくことのできる、ずるい立ち位置。

ずるいとは思うけど、各宗教に敬意を払う気持ちがあれば、許してもらえる気もする。

そういう旅をし続けたい。

 

そんな他愛もない考え事をしている間にも、パシュパティナート寺院からは、亡くなった方の遺体が運び出されてました。

なんとなく達観したような気持ちになって、1時間以上もたたずんでいたパシュパティナート寺院をあとにします。

身体中にしみついた、煙の香りがなんとなく懐かしい、不思議な気分。