【秋の奈良一人旅 #8】聖徳太子ゆかりの橘寺で「世間虚仮 唯仏是真」を実感

さて、「高松塚古墳」を見学した私は、自転車のペダルをこいで次の目的地「橘寺」へ。

「橘寺」は聖徳太子生誕の地として有名ですが、その前にヘンな形をした石の前を通ります。

洪水伝説もある「亀石」

うん、カメに見えないこともないが・・、若干こじつけかなw

この、「橘寺」へ行く途中の小道沿いにある由来不明の「亀石」。

花崗岩でできているそうですが、カメが西を向けば大和一帯が大洪水に見舞われるという、いわゆる洪水伝説が残されています。

聖徳太子生誕の地「橘寺」

さきほどの「亀石」から自転車で1分程度の距離にある「橘寺」。

「亀石」のほうから来ると「西門」からアプローチすることになりますが、正門は「東門」とのこと。

しかし、観光客はほぼすべて「西門」から入るみたいです。

チケットを買うと、「往生院の天井画は写真撮っても大丈夫ですよ。」と声を掛けられる。

私がでっかいカメラを提げていたからだろうか。

さて、聖徳太子生誕の地といっても、建造物は焼失をかさね復元されたもの。

境内に入るとすぐ、馬小屋に似た「お手洗い」が目につきますが、まさかあの隣で生まれたわけではないでしょう(^^)

聖徳太子の愛馬「黒駒」

続いて目に入るのは、聖徳太子の愛馬であった「黒駒」。

この馬は空を駆けたとの言い伝えもあるそうですが、仏教をめぐる物部氏との戦いにも、これにまたがって出馬したのでしょうか。

35歳の聖徳太子像 本堂

こちらが「橘寺」の「本堂」。御本尊は35歳当時の聖徳太子の姿とか。

創建時は講堂だったそうですが、現存の建物は1864年に再建されたものです。

 

本堂から、さらに奥へ足を進めると「蓮華塚」という立札があります。

「大化の改新」のとき、これを一畝(36坪)と面積の基準として定めたので「畝割塚(うねわりづか)」とも呼ばれている、と記載があります。

「大化の改新」なんて聞くと、飛鳥時代を歩いてるんだな、という気分にはなりますね。

 

さらに、奥へ歩みます。こちらの建物は経堂。

「往生院」の見事な「天井画」

さて、入り口の巫女さんにも声をかけられた「往生院」の「天井画」なるものを拝見しましょう。

阿弥陀三尊の部屋はあちらですね。

おお、これはすごい。

言葉がいらない美しさです。

著名な画家から260点もの絵が奉納されているそうです。

 

往生院を出て、少し歩くと目に入った「回廊跡」。

これは、創建当時の橘寺の「回廊」だった場所。

と考えると、今の本堂よりもかなりの大きさということになります。

人の心の善悪を表す「二面石」

最後に「二面石」を拝見。

人の心の善悪を表しているとのことですが、さて、右側と左側、どちらが善でどちらが悪でしょうか?

こちらは「左面」です。

うかつにも「右面」を撮り忘れたので、引用させていただきます。

出典:「奈良寺社ガイド」より

これは、好みの問題になってしまいそうですが、「右が善」そして「左が悪」だそうです。

この石がなぜ造られたのかわかっていないようですが、聖徳太子が亡くなる際に残した言葉「世間虚仮 唯仏是伸」。

世間はロクなものではなく、仏の世界だけが正しい。

そんな言葉がしみいるような、橘寺の静かな境内でした。

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