【レバノン】2日目(その5) 封鎖される道路 棚ぼたのアンジャル遺跡見学

これで、本日の行程は終わり。ベイルートに帰ります。

デモ活動で封鎖している「アンジャル」に行けないのは残念だけど、それを補って余りあるバールベックとワイナリーでした。

デモ抗議活動の拡大 封鎖されるベカー高原

さて、運転手は、ベイルートに向けて、クルマを走らせます。

しかし、ところどころ、というより、そこら中に警官の姿が。

どうも、デモ抗議活動が拡大し、あちこちで、道路が封鎖されている模様。

ベカー高原のデモ

デモはベイルート周辺や、ベイルートから空港や北部のトリポリにかけての幹線道路で行われていると聞いてましたが、ベカー高原のザハレ、クサラでも行われています。

SNSの時代なので、情報があっという間に伝わるからでしょう。

これを見て、やっぱりツアーに参加して正解だったな、と思いました。

公共の交通機関で来ようとしていたら、たぶん身動きとれず、大変なことになっていたでしょう。

道路が不意に封鎖されると、困るのはクルマの運転手。

幹線道路には、たいていブロックでできた中央分離帯があるので、封鎖に出くわすと、本当に身動き取れなくなります。

4駆のクルマなんかは、中央分離帯を飛び越えようとする奴も。

わがツアーの運転手は、カーナビとにらめっこしたり、どこかへ電話で連絡取りながら、抜け道を探っています。なので、心強い。

窓外に目をやると、パレスチナ難民のキャンプが。

 

さーて、運転手さんの顔にも焦りが見えはじめました。このままじゃ、ベカー高原で夜明かしかな。

ベイルートに帰れません。

でも、今日一日の活動で満足している私を含め、一行は動じません。

さっき、飲んだワインが気もちよく効いてるので、「いつかは帰れるんじゃないの?」と達観しています。

逆に、シリア国境近くの、ザハレの町の風景を楽しめます。

めったに来れない場所ですから。

じっくり、町の様子を目に焼き付けます。

こんな町に、フェアレディZ?

誰でしょう? 国旗があるところを見ると、レバノンの独立に尽力された方?

 

結局、さっきのでも現場に舞い戻るはめに。

 

急遽 アンジャル遺跡を見に行くことに?

なんか、さっきよりも加熱してませんか?

ここで、運転手が一計。

もう少し時間が経たないと、封鎖は解かれず、ベイルート方面に戻れないと踏んで、「アンジャル」に行ってみよう、と提案。

当初、付近の道路が封鎖され、ツアーのルートから外さざるを得なかった「アンジャル」ですが、ここから「アンジャル」遺跡は5キロほど。

車内は、もちろん、「賛成!」の声。

 

クルマは、ダマスカス街道から一本中に入った道路を、シリア方面に向かって進みます。

シリア国境まで数キロの地点です。遊牧民も現れます。

果物屋さん。

家に帰る少年。

野菜を運ぶ農夫。

なんとかたどり着いたアンジャル遺跡

なんとか、アンジャル遺跡の入り口にたどり着きました。一同喜びましたが、なんと門が閉まっている?

みんな遺跡が好きなんだな。せっかくここまで来たんです。なんとかして、中の様子が見れないか工夫を凝らします。

なんとか、カメラを持ち上げて、ファインダーも見ずにシャッターを押した写真がこれ。

アンジャル レバノン唯一の城壁都市

そのうちに、運転手が、壁をよじ登れる場所を探してきて、めでたく、みんなでアンジャルの土を踏むことができました。

最初は、勝手に入っちゃっていいのかな、なんて思いましたが、観光局の公認を受けている運転手さんがついてるんです。心強いです。

 

すっかりあきらめていた「アンジャル」なので、一同大喜び。

アンジャルは、イスラムのウマイヤ朝によって8世紀ごろ建設された城塞都市。

ウマイヤ朝の都はダマスカス。ここからダマスカスはわずかな距離なので、なんとなく地理感は重なります。

バールベックとともに、1984年に世界遺産に登録されています。

 

この4本の柱が、トラピュロン(四面門)と呼ばれるモニュメント。全部で4基あった内の一つが復元されてこうなったそうです。

夕暮れのベカー高原にそびえたつトラピュロン。

敷地内は、碁盤の目のように区画されています。

街は4区画に分けられ、南東は宮殿とモスク、南西は居住区、北東には宮殿、北西には公衆浴場と、分けられていました。

これが、その大通りにかかっていたとされるアーチ。

 

日が暮れてしまわないうちに、運転手兼ガイドさんが、要領よく回ってくれます。

しかし、見事なアーチです。

 

こちらが宮殿。

アンジャルのハイライト 2層のアーチ

そして、これがアンジャル最大の見どころ、2層になったアーチ。

モスクの裏側にあたります。

ビザンティン様式で建てられたモスク。

しかし、どうやって、積み上げたんでしょう。崩れないのが不思議。

 

すっかり夕暮れです。宮殿の上に三日月が昇りました。

いたるところにアーチのあるアンジャル遺跡。

公衆浴場エリア

このエリアは公衆浴場。 

 

たしかに、浴場らしく区切ってあります。

なかには、このように床がタイル張りの浴槽も。

シリアの風を感じるアンジャル

ガイドさんが説明してくれてますが、私は別のことを考えていました。

繰り返しますが、ここは、もうシリア国境に近いんです。言うなれば、シリアと同じ空を眺めているということもできる。

泥沼の内戦状態に陥っているシリア。当然そこにも、数多くの遺跡があり、旧市街があります。

訪れたいと思っても、まず行ける日が来るのかどうか。

シリアと同じ国をなしていたウマイヤ朝の遺跡に足を運ぶことができて、本当によかったな、と思います。

ガイドさんの話す言葉がとまると、まったく音のしない静寂がおとずれます。

 

そろそろ、日没です。

 

では、アンジャル遺跡にさようなら。

入ったときと同じように、抜け道から外に出ます。もちろん、そのために造ったんじゃないでしょうけど。

遺跡の外を歩いていく地元の少年たち。その向こうには、ザハレの町の灯りが。

 

ベイルートに戻ります。

しばらくは、ダマスカス街道の生活の様子を見学。

なんとか、ザハレの町を抜けることに成功。一路ベイルートを目指します。

そして、帰ってきたベイルート。

この渋滞は慢性の渋滞で、ベイルートでのデモはほぼ収束しているとの情報。

ベカー高原で、デモの道路封鎖を食らうとは思わなかったな。

そして、ベイルート市街へ。ポツリポツリとツアー客も降りていきます。

ツアー客とも、握手をして別れます。楽しい1日でした。

帰ってきたベイルート スシの夕食

クルマがホテルに横付けになったのが、午後8時。9時間の行程のつもりが12時間。さすがに疲れました。

でも、バールベック、アンジャルを見れて、レバノン料理にワイナリーですから、中身の濃い1日でした。

こうやって、無事に帰って来れたことに感謝です。

疲れてはいますが、腹も減っています。ホテルの近くの手近なレストランはないかな。

ここでいいや。なんと、ベイルートに、お寿司屋さんがありました。

ちゃんと、手で握ってくれるみたいですよ。

値段も手ごろ、かな。1,000LPが70円です。

25,000LP(1,750円)のスシ12貫セットをオーダー。

このスシ屋さんには酒はなし。隣もジュース屋さん。

お、来ましたよ。スシ12貫盛り合わせ。

いやあ、いい色ですね~。

 

わさびもガリも、日本を思い出すような味でした。

 

すし屋さんで、お酒が飲めなかったので、昨夜スーパーで買ったワインで飲みなおし。

って、今気付いたけど、これって昼に飲んだクサラ・ワインじゃないですか。

ワイナリーで味わった、甘さのない赤ワインを思い出しながら、ベッドに寝っ転がりながら、ワインを楽しみます。

そして、今日一日の出来事を回想。

本日は、人生初の「レベル2」エリアへの踏み込みだったけど、とにかく無事に帰ってこれて感謝。

本日は、今までの弾丸旅行の歴史の中でも、かなり充実した1日となりました。

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