【晩秋の京都一人旅#11】小野小町ゆかりの「隋心院」の縁側で静寂を楽しむ

京都・山科めぐり。「毘沙門堂」「勧修寺」とまわり、次は「隋心院」です。

「隋心院」も、今見学してきた「勧修寺」も、最寄り駅は京都・東西線の「小野駅」。

 

この、京都・南東に位置する山科区小野という地域は、かつては「小野郷」と呼ばれ、平安時代に小野一族が栄えた場所と伝えられています。

実は、そんなことも知らずに「小野駅」に降り立ったのですが、これから向かう「隋心院」は、絶世の美女といわれた平安時代の女流歌人・小野小町ゆかりの寺院なんです。

 

どんな寺院なのか想像しながら、「勧修寺」から「隋心院」への道を歩きます。

個人的には、小野一族と聞くと、まっさきに思い浮かべるのは「小野妹子」なんですが、そういえば小野妹子は隋に2回も渡っています。

「隋心院」の名は、そこからきてるのでは・・・(勝手な想像です)

隋心院とは

「隋心院」は、真言宗善通寺派の大本山。

弘法大師より8代目の弟子にあたる仁海が、991年に創建。もともとは、同じく仁海が創建した「牛皮山曼荼羅寺」(ぎゅうひさんまんだらじ)の塔頭であった。

仁海は、夢の中で亡き母親が牛に生まれ変わっていることを知り、その牛を飼育するも程なく死んでしまう。

その悲しみを、牛の皮に両界曼荼羅の尊像を画き本尊にしたことに因んで、「牛皮山曼荼羅寺」と名付けられた。

その後、「承久の乱」「応仁の乱」で荒廃したが、1599年に本堂が再建され現在に至っている。

小野小町との由来

言わずと知れた絶世の美女ですが、その素性はほとんど明らかにされていないなど、人物像には謎が多いまま。

宮仕えをやめた三十歳を過ぎたころ、小野の里に引きこもり、晩年の余生を送ったのが隋心院ではないかと伝えられています。

足の裏が冷たくなる寝殿造りの渡り廊下

さて、「勧修寺」から徒歩十数分で到着した「隋心院」。

さっそく、中に入ります。

小野小町の歌碑。

「撮影禁止」と書かれているいくつかの襖以外は撮影可とのこと。これは嬉しい。

小野小町が隠居していたことを想像すると、こんな小さな中庭も美しく見えてくるから不思議。

順路の通りに歩くんだけど、日陰の渡り廊下って、足の裏からじんじん冷たさが伝わってきます。

北側の奥書院なんか、冷え冷えです(笑)

もっと、じっくり観察したいのに、ときどき畳の上に避難しないと、足裏が耐えられない。

冬の京都の寺院めぐりは、厚手の靴下重ね着か、スリッパ持参が必要。そう感じました。

それにしても、障子や襖で囲まれた寝殿造りの建物、落ち着きますね。

奥書院の縁側からのぞむ「小町堂」

それにしても、「毘沙門堂」はそれなりの人出でしたが、「勧修寺」も、ここ「隋心院」も、貸し切り状態。

日曜日なのに、ちょっと信じられませんが。

でも、おかげで、奥書院の縁側に座って、「小町堂」をゆっくり眺められます。

「小町堂」を眺めるとはいっても、これは一般の方の納骨堂。

小野小町とはあまり関係ありません。

 

それよりも、迷路になっているような各書院の渡り廊下を徘徊するほうが楽しい。

回廊を歩くごとに、ミシリミシリと音が立つ感触がたまりませんね。

「能の間」に飾られた「極彩色梅匂小町絵図」

さて、書院の徘徊を楽しんだ後は、隋心院のハイライトとも言うべき、「能の間」の襖絵を拝見しましょう。

これは、すごいな・・・

入り口で社の方に「写真撮ってもいいですか?」と聞いたら、「ピンク色のは大丈夫ですよ。」と答えられたんだけど、これのことですか。

しかも、周りに誰もいなく、独り占めです。

これが、小野小町の一生を描いた「極彩色梅匂小町絵図」。

この鮮やかな作品は、京都のデザイナー「だるま商店」によるもの。

四面の襖絵に、小野小町の生涯が描かれているそうで、写真撮影可になったのも最近らしい。

それにしても、よくこんなに綺麗に描けるもんですね。

芸術家のセンスには舌を巻きます。

「能の間」から眺める静寂な本堂と庭園

小野小町ゆかりの寺院ということで、混雑を覚悟していたのですが、拍子抜けするほど閑散とした隋心院。

「極彩色梅匂小町絵図」の襖絵も素晴らしいけど、日が当たって温かい絨毯の上に座って、静寂な庭と本堂を楽しみます。

時が止まったかのような静寂さにしあわせを感じますね。抹茶でもいただきたいな・・

本堂のほうに行ってみましょうか。

 

おや、庭には池があったんですね。

池に舞い落ちるもみじの葉を眺めていると、時間を忘れます。

さらに悟ると、この世の全てを忘れたくなってくる・・

 

でも、そろそろおいとまして「醍醐寺」に向かわなくてはなりません。

静寂さを独り占めさせてくれた「隋心院」の「能の間」と「本堂」にさようなら。

晩秋の京都はいいな、そう感じた瞬間でもありました。

ふたたび渡り廊下をめぐって入り口に戻ります。

名残惜しい、奥書院の畳の回廊。

静寂さを独り占めできた「隋心院」でした。

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