日本の旅は6月がいいと勝手に思ってる。
1年で1番日が長いのに、乗り物も旅館も空いてる。
雨を嫌うというのもあるんだろうけど、日本の情景こそ雨が似合うと思ってる旅人は私だけではあるまい。
加えて祝日がなく、5月の連休と夏休みに挟まれて、特に私のような会社員旅人にとって、足が旅に向かなくなる季節なんだと思う。
6月の週末 雪のない越後湯沢へ

というわけで、6月の週末、新潟県の越後湯沢温泉へ行ってくることにした。
いつも通り、「温泉旅館」と「部屋食」というキーワードで検索。
どんなに値段があがろうとも、自分だけの和室で和食をたしなみたいというニーズは健在。
気のせいか、数年前よりも、ヒットする旅館が増えたような気もする。
といいつつ、越後湯沢という地名は、いつもながら後付けだ。

平成初期に思春期を過ごした私にとって、上越新幹線は冬の風物詩。
スキーが唯一の得意スポーツの私は、乗らなかった年はないと思う。
今じゃ考えられないけど、ときの自由席が乗車率200%なんてのも当たり前。
まあ、1時間で着いてしまうので、苦痛にはならなかったけど。
でも、今はガラ空きのグリーン車で旅ができるんだから、私も時代も歳月を重ねたということなんだろう。

高崎を出るとトンネルばかり。

そして大清水トンネルを抜けると、越後湯沢の街が広がっていた。

越後湯沢の新幹線ホームに降り立つのはいつ以来だろう・・・
シーズンオフでも、こんなに人がいないとは思っても見なかったが。

うわ・・・いくらなんでも、これはひどいだろ。

越後湯沢駅の乗降客数は、最近では1日3,500人くらいと聞いていたけど、それは冬も含めた年平均であって、6月の週末というのは文字通り閑古鳥が鳴くのかもしれない。
芸者 駒子の表情も、心なしか寂しそうだった。

越後湯沢温泉の和風旅館「音羽屋旅館」

ところで、越後湯沢町の人口を知ってますか。
現在8,000人ほどだそうで、これはバブル最盛期の1万人程度と比較しても2割ほどしか減少していません。

だから、住む人は極端に減ってはないけど、観光客が激減した町ということなのかもしれない。
そんな町の西側の斜面に張り付くような場所に、「音羽屋旅館」はたっています。
ほんとにゲレンデのふもとに建ってるように見えます。


旅館名を掲げた立派な柱が見事な音羽屋旅館。

宿泊客はいるようだけど、中に入って、物音ひとつしない静けさ。
日本旅館のエントランスそのもので、急に旅に出た気分がしてきました。

女将さんに案内された私の部屋は203号室山姫。
お風呂は24時間稼働だそうです。

踏み込みで靴を脱いで部屋に上がると、

うっすらと畳の香りがそよぐ、日本和室が広がってました。

玄関先も静かだったけど、部屋に入ると、さらに隔離性が高まる。
風の音さえもしない、週末の温泉宿。
畳の上で寝転がると、なんともいえない幸せな気分。

舞妓さんですか。
越後湯沢というと川端康成の「雪国」が有名だけど、故西村京太郎の「雪国殺人事件」も、冬の情景が目に浮かぶようで、臨場感たっぷりのミステリーだった。

部屋にあった茶菓。
なんとなく食事の前に甘いものを食べるのがはばかられ、明日の朝にとっておこうという気持ちになりました。

日帰り温泉も可能な弱アルカリ性単純温泉

では、さっそく24時間稼働しているという温泉へ。

効用は疲労回復という、弱アルカリ性の単純温泉。

反対側の女性用には、玄関から二人組の女性客が直行してました。
日帰り温泉としても開放してるみたいです。

熱いお湯で身体は温まるのに、上半身が外気にさらされ、体温が調節される感覚が露天風呂の贅沢。

湯上がりには、麦茶が用意されてました。


では、ほてった身体をさましに、かるく湯沢町を歩いてきますか。

旅館から坂道をくだる感じで通りに出ると、温泉街らしく足湯が。

こちらは魚野川の河岸。

三国峠方面の山々。

温泉街を散歩してみた、的な感想を自分で勝手に期待してたんだけど、湯沢町には失礼になってしまうが、あまりにも何もない。
雪のない越後湯沢という町は、驚くほど人が少なく、そして、時折り通るクルマの音しかしませんでした。
90年代の賑やかさは私も知っているし、学生時代は湯沢ではないけど苗場で住み込みのバイトをしたこともあった。
だからある意味、静けさを取り戻した温泉街といってもいいのかもしれない。
この町で最も大きい音響は、越後湯沢駅を通過する上越新幹線のような気もする。

静かな部屋での懐石料理

さて、待ちに待った夕食の時間。
一番早い18時にしてもらいました。

部屋にこもって、たったひとりで食卓に向かい合う食事。
よく「一人の食事は楽しくない。大勢いた方が食事は楽しい。」
みたいな意見を聞くけど、ほんとにそうなのかなと思う。

人間の三大欲のひとつである食事くらい、他人に気を使わずに食べたいよね。
もちろん、これは好みの問題。
私は、パーティ会場のような、人が大勢いる場所での飲食は苦手だ。

お肉は越後牛。

それ以外の食材は、お造りも含めて地元ではないのかもしれないけど、そんなことは問題ではない。

こういう純和風旅館で、物音ひとつしない空間で、懐石料理に向かい合うというシチュエーションが大切なんだと思う。
外国ばかり旅しているように見えて、実はこういった情緒に触れる日本の旅も大好きだ。
食前酒の梅酒が実に美味しい。

せっかくの新潟なので利酒を。
こういうときくらいしか「sake」は飲まないので、銘柄もよく知らない。
膳を運んでくれたお婆さんにおすすめをチョイスしてもらいました。

辛口でそろえてくれたみたいだけど、sakeが胃に染み込む感触が、食欲を増進させる。

タイミングよく、魚沼産コシヒカリ。

このもっちり感がたまらないんだよね。

間違いなく、日本のコメは、世界中のコメにおいてNo. 1。
おひつを完全にカラにしました。

そして、完食。
静かな部屋で食べる懐石料理、本当に美味しかった、ごちそうさまでした。

お婆さんがデザートを運んできてくれました。

静かな部屋で味わうsake。
今日は2026年6月6日でブログ開始から10年目の記念日。
もちろん、記念日として温泉旅館を楽しみにきたんですが、この10年間の旅の軌跡を思い出しながら、眠りにつきました。

「さめかわ石」の露天風呂

昨夜は、一度も目を覚ますことなく熟睡。
そして朝6時というちょうどいいタイミングで起床。
こんな静かな夜も久しぶりだった。
さっそく朝風呂へ、おや、男湯と女湯が逆になってる。

こちら側の湯船にも露天風呂があり、龍の模様のような「さめかわ石」という珍しい石が設えてありました。

軽い二日酔いの朝の温泉は格別。
つかるほどに、アタマが立て直っていく感じがなんともいえない。

朝食までの間、きのう残しておいた茶菓を。

笹雪という、言葉通り笹の香りで包まれたあんころ餅でした。

さて、7時半の朝食の時間。

運んでくれるお婆さんに「こんな静かな夜は久しぶりでした」というと、「ここは温泉街からも少し離れてるので、皆さんよくそう言われます。」

日本旅館の朝食の定番のようなメニュー。

最近、自分で炊事を始めたんだけど、こういう料理は作ろうと思って作れるものじゃない。
日本旅館の朝食は、いつまでも変わらないでもらいたいね。

朝風呂は食欲を増進させる。
昨夜に続いて、魚沼産コシヒカリ、おひつをカラにしました。

ごちそうさまでした。
子供の頃は食べ物の好き嫌いが激しく、親からはいつも怒られ、学校の給食では食べ終わるまでベランダに出されるという拷問を受けていた私ですが、今は嫌いな食べ物はありません。
見事に完食。
1泊2食のお値段は19,800円でした。

名残惜しいですが、昼には所用があるので、早めの「とき」で帰京します。

静けさを取り戻した越後湯沢町。
今度は、スキーはやらなくても、雪の季節におじゃましますか。
温泉街も、また違った顔で出迎えてくれるかもしれません。
