「深夜特急」沢木耕太郎さんの新刊。
JR東日本の車内誌に連載されていたエッセイの編集ということで、禅問答のような沢木ワールドではなく、一般的な旅人にも読みやすい文調であったと思う。
登場する舞台が、全て日本であることも、カタカナ言葉が減り、全体を落ち着かせている。
雨の日なんかに読むとよい、自粛ムードの現在にぴったりだ。
実際、雨の降る5月の日曜日に本が届き、静かな部屋の中で、一気に読めてしまった。
私は、もちろん沢木耕太郎さんのファン。
「深夜特急」はバイブルでもある。
しかし、この4年間で40回の弾丸一人旅に踊らされた私に、旅の本質的な楽しさを再認識させてくれる、一冊であった。
写真のない旅行記
文字だけで臨場感を伝えるのは、相当に文筆に長けていないと難しい。
私は写真が挿入されている氏の作品を知らないが、今回もまた、文字だけで伝えている。
氏の作品は、かえって写真などが入ると、文章の魅力が減殺される。
サブタイトルの「つばめのように軽やかに。そう、人生も、旅も。」
この言葉だけで、情景が浮かんでくるから不思議だ。
沢木氏 初の国内エッセイ
私は、氏の著作を読破しているが、いわれてみれば「初の国内エッセイ」。なるほど。
思い起こせば、私が初めてひとりだけの「大旅行」をしたのが、十六歳のときの東北一周旅行だった。
小さな登山用のザックを背に、夜行列車を宿に、十二日間の旅をしたのだ。
(本書あとがきより)
偶然だが、私も、人生初の一人での大旅行は東北一周だった。
それも夜行列車を宿に。
たった三日間だっだけど、十歳の私には大冒険。
私の旅は、写真つきである。
氏の「あの頃のようにもっと自由に、気ままに日本を歩いてみたい。」という言葉。
十歳のときの写真を眺めているうちに、もう少し、日本の旅をしてもいいんじゃないだろうか、という気持ちになってきた。
海外一人旅の回数は40回だが、実は国内の旅の回数は、それをはるかに上回っている。
なんか、私の気持ちもつばめに乗って、原点に回帰してきたような爽やかな読後感であった。
点と線と面
旅とは、点であり、線であり、面である。
「点と線と面」を、氏がそのように表現しているわけではないが、これまた私に旅の楽しさの原点を思い出させてくれた一節だ。
私は地図を見るのが好きで、一晩中眺めていても飽きない人間である。
しかし、本来地図というものは、旅立つ前に見るもので、旅立った後は、標識やサインを頼りに歩き、路地の角度など、なぜこのような区画になっているのかを想像したりするのが面白い。
Googleマップなどの便利な機器が出現したからこそ、地図など持ちたくない。
国内ではないが、インドのバラナシ。
沢木氏も、「深夜特急」において、数週間も歩き回ったとされているが、私も、たった二日間の滞在だっただが、とにかく憑かれたように歩き回った。
バラナシの旧市街は、本当に迷路のようである。
しかしそれでも、たった二日でも歩き回ると、路地と路地がつながり、バラナシの旧市街が面のように感じとれてくるのがとても嬉しかった。
しばらく旅してない日本のどこかを歩いてみようか。
国内の旅の楽しさと、地図もなく歩くことの楽しさ。
私に旅の原点を思い出させてくれた。
迷路のような街並みを、ただあてもなく歩き回り、点が線になり、面となっていく。
それを日本の街でやろうとしたら、どこがふさわしいのだろうか。
沢木耕太郎さんの「旅のつばくろ」は、そんな楽しい旅の宿題を私に与えてくれた。