【奈良一人旅 #8】吉野山 金峯山寺蔵王堂 修験道の根本道場

さて、「柿の葉ずし」でエネルギーを補給し準備万全。

今日一日で、どのくらい歩くのか想像もつきませんが、まずは街道を上り、国宝であり、世界遺産の中核資産でもある金峯山寺・蔵王堂に参るとしましょう。

地図を見ても、そんな順序ですね。

下千本から金峯山寺へ

お土産屋さんや食べ物屋さんがズラリと並ぶ道を、だらだらと登っていきます。

吉野川でとれた鮎でしょうか。

美味しそうだけど、しょっぱそうw

歩いて最初に現れた門。

金峯山寺の前座かと思いましたが、とんでもない。

この「黒門」は、金峯山寺の総門でありました。

たぬきも名物なのかな。

「名勝吉野山」の碑を眺めながら、たらたら歩きます。

さきほど、「今日はどのくらい歩くのかな」なんて書きましたが、「まっぷる」には、途中の「吉野水分神社」まででも、見学時間を入れて6時間半とあります。

私は、その先の「奥千本」まで行こうとしているので、実は時間があまりありません。

少し早歩きに。

和紙も名産なんですね。

吉野山の世界遺産・中核資産「仁王門」

金峯山寺・蔵王堂の正門となる仁王門。

棟の高さが20.3mある日本屈指の山門であり、金峯山寺の中で最も古い建造物です。

石垣の上に建つ本瓦葺きの仁王門は、国宝であり、また世界遺産の中核資産に登録されています。

南北朝時代の建立とのことなので、当然、後醍醐天皇も、この門をくぐったのでしょうか。

しかし、残念ながら、現在は修理工事中でした。

地図に沿って、迂回します。

金峯山寺・蔵王堂に到着です。

修験道とは、山を聖域とみたて、厳しい修行で悟りをひらくという意味だそうですが、石垣の上に立つ、見るからに重厚な門です。

金峯山修験本宗の総本山「金峯山寺」

金峯山寺は「きんぷせんじ」と読みます。

修験道の開祖とされる役行者が約1300年前に創建したとされ、役行者は、その姿をヤマザクラの木に刻み、山上ヶ岳の頂上と山下にあたる吉野山にお祀りしたのがはじまりらしいです。

金峯山寺の本堂であり、国宝、そして世界遺産の中核資産である蔵王堂。

高さ34mで、木造古建築としては、東大寺大仏殿に次ぐ大きさです。

現在の建物は、1,592年(天正20年)に再建されたものですが、内部には、我が国最大のお厨子のほか、秘仏のご本尊金剛蔵王大権現の尊像3体がお祀りされています。

境内の中央に位置する「四本桜」。

「大塔宮(だいとうのみや)御陣地」と刻まれた石碑が建っています。

1,333年。鎌倉幕府に攻められ、吉野落城を覚悟した大塔宮護良親王(だいとうのみやもりながしんのう)が最期の酒宴をされた所。

したがって、この4本の桜は、陣幕の柱跡に植え続けられているそうです。

由緒ある建物ばかりで襟を正す思いですが、ゆっくりと境内を見てまわります。

南北朝・室町時代ころに創建された観音堂。

「金剛蔵王大権現」の特別拝観

高さ約7メートルにもなる3体の権現像が特別拝観できるとのことだったので、行列に並んでチケットを買います。

今年(2021年)は、3月27日~5月5日に限って公開されるということで、めったにお目にかかれるものではないらしい。

本日は3月30日です。

金峯山寺・蔵王堂の御本尊が「金剛蔵王大権現」。

内部は、当然のごとく撮影禁止でしたが、怒りに満ちた表情は、見る者を畏怖させます。

権現とは「権(仮り)に現われる姿」という意味で、釈迦如来(過去世)、千手観音(現在世)、弥勒菩薩(未来世)が権化されて、過去・現在・未来の三世にわたる民衆の救済を表したものといわれています。

まさに、修験道の山寺にふさわしいルーツです。

「金剛蔵王大権現」との対面を終え、4本桜を中央に設えた境内を見下ろします。

4本桜のすきまから望む蔵王堂。

さて、そんなにのんびりしてられません。

次の目的地、「吉水神社」に向かいます。金峯山寺・蔵王堂からは、徒歩10分程度です。

修験道にふさわしい、威圧感たっぷりの金峯山寺・蔵王堂でした。

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