【奈良一人旅 #12】吉野山 西行庵&大峯奥駈道を歩き修験道を感じてみる

奈良県吉野といえば、日本史に数々の歴史を刻んできた、まさに歴史の交差点。

しかし、元はといえば、修験道の開祖、役行者が8世紀初めに開いたとされる修験者の修行の道です。

吉野と熊野という二大霊場を結ぶ「大峯奥駈道」は、山伏にとって、もっとも過酷な修行の道場でした。

吉野から熊野までは、約170km。

もちろん、すべて踏破することなどできません。

なので、いただいた地図にもある「西行庵」まで遊歩道をたどって一周し、「大峯奥駈道」は少し登って、吉野山としては最高峰となる「青根ヶ峯」まで歩き、修験道の気分を感じてみたいと思います。

「奥千本」の桜は、まだ咲いていないでしょうが、そのぶん、観光客も少ないでしょう。

修行する山伏の気持ちになって、出発です。

「金峯神社」から「西行庵」までの道

徒歩20分だそうですから、まあ大したことはないでしょう。(と、油断しています)

坂は急ですが、森林浴でもしているような、気持ちのいいハイキングです。

吉野山に植えられている樹木は、スギかヒノキだそうですが、見事なものです。

4月上旬ともなれば、「奥千本」の花見客でごった返すのでしょうが、3月30日の今、ほかに遊歩道を歩く人影は見えません。

これは、逆に気を付けないと。

「西行庵」まで200mの碑。

今度は下り坂になります。200mなら、すぐそこかな。

ところが、「西行庵」最終コースに難所がひかえていました。

一歩踏み外したら、谷底です。

しかも、枯れ葉が敷き詰められていて、道が滑る・・

「足元に注意してください」って、そりゃ注意しますよ。

まわりに人はいないし、こんなところで崖から落ちたら、最悪の事態も想定できます。

「西行庵」に着いたようです。

吉野山最奥地に鎮座する「西行庵」

鎌倉時代、「新古今和歌集」の代表的歌人の一人「西行」が、俗界をさけてわび住まいをしたと言われる場所。

西行はもとは武士。思うところがあったのでしょうか。

しかし、ここへいたる道もさることながら、人影が全くありません。

あと半月もすれば、花見客でふくれあがるのでしょうが、本日は、吉野の最奥地の静けさを楽しみます。

この小屋は、おそらく奥千本の鑑賞のベストプレイスでしょう。

3月30日の今は、吉野の山肌をおおう杉の木が目に入るだけ。

「西行庵」から吉野山最高峰「青根ヶ峯」へ

現在12時過ぎ。まあまあ、いいペースでしょうか。

しかし、あいかわらず道はこんな感じなので、気をつけます。

湧水が現れます。

西行が水をくんだとされる「苔清水」。

水は、これでいいとして、なにを食べていたんだろうか?

なにか、自分がこんなところを、たった一人でテクテク歩いていることが信じられなくなってきました。

私は、いま本当に地球にいるんだよね(^_^)

悟りの境地に入るってのは、こんな感じなのかな。

樹木の伐採あともすごいです。

一本だけ、桜をみかけました。

中世の修験者たちは、どんな思いで、この山々を眺めていたのでしょうか。

時は変わって現代。ここで切られたヒノキは、全国の高級住宅に使われているのかな。

金峯神社と青根ヶ峯方面への分岐点。ここからは「大峯奥駈道」です。

道はますます険しくなります。

古代からの修験道です。さまざまな霊碑が現れます。

ここで、道を間違えます(笑)

よく見れば、矢印が向こうのほうに「青根ヶ峯」って指してるじゃないですか。

それに気づかず、まっすぐ進んでしまいます。

ここが、「旧女人結界の碑」であったことにも気づきませんでした。

あれえ、おかしいなあ・・・

迷子になっちゃったかな・・・

と考えていたら「青根ヶ峯」の看板を発見。

標高857.9mの「青根ヶ峯」

遊歩道から2通りのルートがあったようです。

気づかずに素通りし、反対がわから登って来るうちに、先客がおひとりいらっしゃいました。

ここが、吉野山最高峰の「青根ヶ峯」。

標高857.9mだそうです。先日登った筑波山より20mほど低いのか。

ここまで行ったら、さすがに帰れなくなってしまいますね。

引き返すことにします。

杉の木の斜面は、相変わらず急峻です。

桜はなくとも見晴らしのよい吉野山最奥地「大峯奥駈道」でした。

今回の、春の奈良&京都2泊3日一人旅の全行程はこちらです。