【京都一人旅 #6】新緑の「哲学の道」を一人歩いて哲学に浸る

京都の寺院は、それが一つだけポツンとあるのではなく、複数の寺や庭園が組み合わさっているので、じっくり見ると本当に時間がかかります。

平安神宮と南禅寺だけで2時間が経過。

あんまりのんびりすると、本日はあと「銀閣寺」くらいしか見れなくなるので、先を急ぎます。

京都の寺院は、夏の季節でも閉館が5時ごろと早いのにも注意です。

観光名所でありながら、歴とした寺院でもあるので、当然といえば当然ですが。

「南禅寺」から「哲学の道」へ

本日のメインイベントを「銀閣寺」とおいてるので、「哲学の道」をめざして歩きます。

南禅寺から銀閣寺は「哲学の道」でつながっています。

その距離は、およそ2km。

付近の寺院に寄ったり、のんびり歩いても1.5時間あれば大丈夫でしょう。

考えてみれば、今朝羽田空港でサンドイッチを食べたきり何も食べてなく、お腹すいてきました。

ゆどうふといかないまでも、京都らしいものを食べたいな。

 

歩いていると、寺院だけでなく美術館などが現れます。

 

京都は、小道の散歩だけでも奥行きが深い。

「哲学の道」の案内が現れました。

 

「哲学の道」の入り口で「とうふどんぶり」を食べる

さて、本格的にお腹がすいたので、開いていたお店に入ります。

冷泉通りにある「通りゃんせ」というお店。

「とうふどんぶり」をオーダー。

お客さんは一人もいません。

外国人がいないのは当たり前だけど、日本人も。観光地は気の毒です。

初めて食べる「とうふどんぶり」。

京都の水で作った豆腐なのかな。風味のとてもよい豆腐でした。

私は純度100%「明元素の思考をする人」だ。よかった!(^^)!

店のおかみさんのすすめで「やまぶどうジュース」。

美味しかったけど高かったw・・(1,000円)

 

新緑の「哲学の道」&小径沿いの寺院

若王子を「にゃくおうじ」と読むらしい。

ここから「哲学の道」がはじまります。

ふだんなら、外国人観光客もあふれる小道も、現在はこのとおり。

「哲学の道」の由来は、哲学者「西田幾太郎」が思索にふけりながら散歩した道からきています。

民家を模した料亭?

「哲学の道」は少し高台になっているので、左京地区の街並みを見下ろせます。

 

さすが京都と思わせる屋根。

それにしても、誰ともすれ違いません。

日本人の自粛力は哲学的な域、そう思います。

 

たしかに2020年は、誰もが想像できなかった激動の年。

でも、それは全世界の人々が被っていること。

こんな環境下でも、自分の工夫できる範囲で、自分を満たしている人はいる。

愚痴ったって、文句言ったって、何もはじまらない。

私の場合は、国や地方、ならびに勤め先の決めるルールの範囲内で旅をすること。

しょせん人間なんて、不要不急なものに価値を見いだして生きている生き物なんだから。

宇多天皇の病気平癒を願う「大豊神社」

哲学的な気分になりながらテクテク歩いていましたが、「大豊神社」の文字。

哲学の道から、すぐみたいなので寄ってみます。

春は、この参道に椿などの花が咲き乱れるとのこと。

狛ネズミの社とありますね。

平安時代、宇多天皇の病気平癒のために創建された神社。

 

狛ネズミは神の使いだそうです。

そもそも、「たいほう」ではなく「おおとよ」なんですね。

さて、再び「哲学の道」に戻り、北に歩きます。

銀閣寺が近づいてきましたが、その前に「法然院」にでも寄ってみようかな。

とにかく気持ちのいい「哲学の道」の散歩。

桜の季節が圧巻だそうですが、すべての季節に歩いてみたい。

砂絵アートのある「法然院」

この時点で、スケジュール通りに行動するのはやめました(笑)

相変わらず「弾丸」で、短時間にめいっぱい見るスタンスは変わらないですが、行き当たりばったりでよいのではないかと。

つまり、そのくらい、京都には寺院が点在しているのです。

 

「法然院」とはいかなるものか、予備知識まったくないまま苔に包まれた参道を歩きます。

これが砂絵アートかな。

季節ごとに、様々な模様が描かれるそうです。

神社よりも、参道の苔と大樹の根っこ。こちらに感銘を受けた「法然院」でした。

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