一人旅では、諸外国の孤独な空気に浸っていたい。
だから、自分から日本人旅行者に声をかけることは、基本的にない。
夕暮れのジョードプルのテラスで、「食事、ご一緒いいですか?」と声をかけてきたのは、日本の学生さんだった。

聞けば、今回が人生初の海外一人旅。
春休みを利用して、タイ、インド、ネパールを一か月かけて巡る予定という。
タイからはチェンナイに渡り、列車でデリーへ。
ジャイサルメールへ行く途中立ち寄ったジョードプルで、私の旅と交差したわけだ。

彼は、どこか照れくさそうに、
「デリーの旅行代理店で、高いホテルを紹介されちゃって……」
「実は、ジャイサルメールからバラナシは飛行機で……」
と切り出した。
彼の言葉の端々から、長旅をする者はもっと過酷な貧乏旅行をするべきで、自分はまだ甘いのではないか――そんなとまどいのようなものが伝わってきくる。
だから私は、少しだけ先輩風を吹かせてもらった。
「旅には、旅人の数だけ価値観がある。長旅になると、“こうあるべき”みたいな武勇伝を語る人もいるけど、そんなの気にしなくていい。ホテルのランクも、列車の等級も、価格交渉するかどうかも、全部自分の価値観で決めればいい。なにも恥じることはない。そもそも、一人旅をしている時点で、もう十分に自立してる。立派な大人だよ。」

これは、私の持論であり、正論でもあると思っている。
長旅、それもインドとなると、なにやら「旅人の掟」だの「不文律」などをふりかざす旅人が湧いて出るものだ。
SNS映えを目的とした旅行などに対する否定的意見を述べる評論家やジャーナリストも一定数いるようだが、周りに迷惑さえかけなければ大きなお世話というもの。
旅なんてものは、一人旅であれ、団体旅行であれ、自分の好きなスタイルにまかせて楽しむものであり、他人にとやかく言われる筋合いのものではない。
旅歴を聞かれたので、少しだけ披露した。
初めての海外一人旅はシベリア鉄道。9回目がイスラエル、13回目がイラン・・・
彼の表情に、好奇心の色が浮かんできたので、もう少しだけ先輩風をふかせてみた。
「時間は流れていくから、同じ瞬間は二度と来ない。だから、自分の体力や精神力、資力、社会的立場、さらには国際情勢も含めて、“行きたいとき、行けるときに行く”のが旅の要諦だよ。」
まだ20歳そこそこの彼に、時間の重みがどこまで伝わったかはわからない。
それでも私は、旅に限らず、“好きなことを、好きなときにやる”ことの美しさを伝えたかった。

彼が今度は、
「旅では、何を食べればいいんでしょう……」
と聞いてきた。
どうやら、インド旅でカレー続きになっていることに少し疲れているらしい。
「それこそ、好きなものを好きなときに食べればいい。私はいつも、感じのよさそうな店に入って、マスターやウエイターに『おすすめ料理』をオーダーしている。『おすすめ』を頼まれて、わざわざ変なものを出してくる店なんて、そうそうない。ただし、夜のバーでこれをやると、財布に響くけどね。」
話しているうちに、彼の表情が少しづつ肩の力が抜けたようなスッキリした顔つきになっていったので、私も嬉しくなった。

アザーンが流れるテラスで、キングフィッシャーを飲みながら、旅人と語り合う夜。
64回目のひとり旅にして、日本人旅行者とこんなに長く会話したのは、これが初めてだった。
私はこれから夜行列車でデリーへ戻り、帰国の途につく。
その頃、彼は砂漠の街ジャイサルメールにいるのだろう。
もう会うことはないのかもしれないけど、旅とはそういうものだと思う。