インフィニティ・ルーフトップバーで迎えるドーハの夜景

湾岸3カ国のうち、バーレーンとカタールは、場所を限れば酒が許されている。

敬虔なイスラム圏まで来て酒の話をするのは無粋だ、と言われるかもしれないが、観光産業に力を入れている証でもある。

そう考えれば、微力ながらこの国の経済に貢献している、という言い訳も成り立つだろう。

私は、湾岸諸国弾丸旅の最後の夜を乾杯したくて、ドーハで酒を飲める場所を探した。

そして、スーク・ワキーフに最も近い場所にあったのが、インフィニティ・ルーフトップバーだった。

落ち着いた雰囲気のインフィニティ・ルーフトップバー

スークワキーフのすぐ西に位置する5つ星ホテル「アルワディホテル・ドーハ」。

1泊2万円弱だから泊まれないこともないけど、滞在時間を考えると、あまりにもったいなさすぎる。

この「アルワディホテル・ドーハ」の最上階に併設されているのが「インフィニティ・ルーフトップバー」である。

ちなみに場所はこちら。

高級ホテルであっても、フロントは地面と地続きだ。

そのフロントを横切り、エレベーターで最上階の20階まで上がる。

すると、静かな音楽と落ち着いた照明の空間が現れた。

あいにく湾岸に面した席は埋まっていたが、カウンターに座ろうとした私を見て、若い女性スタッフの一人が、窓際に一人用の椅子をさっと設えてくれた。

見渡す限りアジア人は私一人。それでも態度は変わらず、むしろ自然な距離感なのが心地よかった。

観光色が強い分だけ、安全対策も上がる。

眺めに隔てるものがなかったバーレーンと比べると、こちらはガラス越しだ。

まずはハイネケンをオーダー。

今夜が旅の最終日。ここまでの旅の安全に乾杯。

立ち上がれば、ガラスの上から、眼下のスーク・ワキーフを眺められる。

よく見ると、先ほどまでケバブをかじっていた通りには、まだ人の輪が残っている。

一方で広場の照明はすでに落とされ、日曜の夜が静かに幕引きへ向かっているのが分かる。

スークの向こうに立つ「アブドゥッラー・ビン・ザイド・アル・マフムード・イスラム文化センター」のミナレットが、夜空に浮かび上がっていた。

物珍しいらしい日本人の私に、先ほどのスタッフが英会話の“他流試合”を挑んできた。

チャイ屋で経済談義が始まったバーレーンとは対照的だ。

両国ともに、F1グランプリが開催される国だが、やはりカタールの方が観光色が濃いということだろう。

サングラスに帽子をかぶっていたせいか、年齢を二十歳も若く見積もってくれたのは、素直に嬉しかった^ ^

日本人は童顔に見えるだけかもしれないが(^ ^)

ルーフトップバーから見下ろす摩天楼群

そのスタッフに断って、ベイエリア側の窓際に寄ってみた。

さきほど波止場から眺めた摩天楼には、まだ灯りが残っている。

ほんのひと月前(2025年9月9日)、あの向こう側に、ハマスを狙ったイスラエルのミサイルが着弾した。

ハマド国際空港が一時閉鎖され、市民が避難を余儀なくされた出来事だ。

さらにその3か月前には、イランがカタールの米軍基地へミサイルを放っている。

いずれも迎撃され見事としか言えないが、さらりと書ける話ではない。

それでもこの土地は、歴史を守り、宗教を守り、民族を守り続けている。

強い信念は時に排他的な感情を生むが、同時にこうして観光客に酒を振る舞い、2か月後にはF1カタールGPまで開催する。

一人当たりGDPで常に上位に名を連ねる国の余裕であろうか。

私は、その源となる資源に、まさにアラビア半島に「天は二物を与えたのだ」と思わずにはいられない。

 

席に戻ると、頼んでおいたワインが届けられていた。

つまみはチーズの唐揚げらしい。

これが実に赤ワインによく合う。

慌ただしかったペルシャ湾岸3カ国の弾丸旅も、これで最後の夜だ。

明日はJAL便を一日乗り通し、その翌朝からまた仕事が始まる。

こうしてペルシャ湾の夜景を見下ろしているのに、次の夜には日本にいる。

距離感も時間感覚も、どうにも噛み合わない。

不思議な感覚だ。まるで時間旅行をしているようでもある。

ユーラシア大陸を、人生をかけるほどの歳月で横断した古代から中世にかけての旅人たち。

それに比べて私は、何の特別な能力もないまま、飛行機という「魔法の箒」に乗るだけで、瞬間移動のようにこの場所へ立っている。

それでも、地に足をつけ、街を歩き、匂いを嗅ぎ、音を聞くことはできる。

時間を圧縮しながら、空間は自分の足で味わう。

そんな多角的な旅の楽しみ方を許されている時代に生きていることを、ただただ幸せだと思う。

 

異国の地の帰国タイミングで酒に触れ合うと、こんな旅愁を感じることがある。

旅とは、どの角度から付き合っても本当に楽しいものだ。

そんな当たり前のことを、あらためて噛みしめながら、静かな幸福感に包まれるペルシャ湾の夜だった。