ワルシャワ・セントラル駅から、あちこち見学しながらのんびり散策していると、旧市街まで30分と踏んでいたところ1時間半もかかりました。
したがって、もうランチタイムです。

旧市街の入り口で食べたポーランド料理ジュレク

世界遺産となっているワルシャワ旧市街が近づくと、雰囲気は一変。

そして、テラスをはり出したレストランが並びます。
ブルーベリーのピエロギなんてのもあるんだね。

まあ、日本にもチョコレート入り餃子なんてのもあるしね^ ^
さて、テラスの一角を確保して、まずはビール。

赤ワインじゃないのは、ここまで歩いてきて、けっこう汗をかいたから。
爽やかな5月のワルシャワでも、日中は25度くらいまでは上がります。

そして、ウエイターのおじいさんに「なにかおすすめのポーランド料理を」とお願いすると、いくつか候補に上がるんですが、すべてポーランド語で理解できず。
適当に相槌を打っていたら、これがでてきました。

地球の歩き方によると、このスープ料理は「ジュレク」。
お値段は、ビールと合わせて64ズウォティ(2,780円)。

言葉は通じずとも、旅人に一番美味しい郷土の誇りを味わってほしいというウエイターのおじいさんの温かいおもてなしが嬉しかったです。
「どこから来た?」「ジャポニア」
「オオ・・」といって、握手を求められました。
ポーランドが親日国であったことを思い出します。

パンの蓋を開けると、中から湯気とともに、ハーブとニンニクの芳醇な香りが立ち上る、ポーランドの伝統スープ「ジュレク」。
ライ麦を発酵させたという、驚くほどまろやかで奥深い酸味。
こんなに美味しいスープは、人生で初めてといっても過言ではない(^ ^)

予備知識として知ってはいたが、このパンの器は食べられる。
ライ麦パンの内側が、スープを吸って少しづつ柔らかくなるので、食べやすい。
そんなことを、おじいさんが身振り手真似で教えてくれる。
もともとジュレクは、中世の時代、貧しい農民たちが「家にある余り物や、発酵させたライ麦粉」で作った素朴な家庭料理が始まり。
「器であるパンすら無駄にせず、すべてを分け合って大切に食べる」という文化は、まさに過酷な歴史や物不足の時代を助け合って生き抜いたポーランドの人々の、原点であるような気がした。

このへんのやりとりをXにアップしたら、すごい数のポーランドの方からのジュレクに関するルーツやノウハウをいただいた。
ジュレクの美味しいお店なんかも紹介いただいたので、ポーランド再訪の際は、参考にさせていただきます^ ^

親日国ではあっても、ポーランドを訪れる日本人は、そうは多くない。
日本とポーランドの交流が深まるような投稿に反応してくださったようです。
展望台から見下ろすワルシャワ旧市街

満腹して、ワルシャワ旧市街の入り口に立ちます。

ナチスに跡形もないほど破壊され、その後、レンガの破片一つ、壁のひび割れ一つにいたるまで、戦争前の姿を完全に復元させたという旧市街の建物。
このあたりもそうなのだろうか。

旧市街の全体感をつかみたく、旧市街入り口にあった鐘楼展望台に登ってみることにしました。

スーベニアショップを兼ねた展望台。入場料は15ズウォティ(640円)。

かなり急な階段。150段ほどあるそうです。

展望台につきました。

いやあしかし、柵の高さが低すぎる。腰掛けられそうなほど。
簡単に自◯できるレベルです^ ^

気をつけながらも身を乗り出します。

さっきまでスープをいただいていたレストランはあのあたり。
文化科学宮殿も突き出してますね。
それにしても、見事な建物の並び方です。

まるで絵葉書のようなワルシャワ旧市街。

右側の大きな赤レンガは王宮。
中央の柱は、ワルシャワのシンボルであるジグムント3世の柱碑です。

破壊された建物を復元させるために、新しいレンガではなく、瓦礫の山からオリジナルのレンガや装飾品を回収して、パズルのように元の位置にはめ込むんで、街の姿を蘇らせたという話もあります。
そういう話を聞くと、たしかに、そんな感じに見えてくる見事なデザイン。

この奥には、市場広場があったりします。
時間はたっぷりあるので、のんびりと散策しましょう。

こちらは東側。クラクフの街にも流れていたビスワ川。
川から吹いてくる風かな、とても気持ちいい。

あの双塔はなんだろう?
この方角に150kmほど進むとベラルーシとの国境です。

では、150段降りて、旧市街を散策しに参りましょう。

降りたところで、たぶん韓国人の旅人に「景色いいですか」と声をかけられる。
撮ってきた動画を見せると「おお、ナイスビュー」。
考えて見れば、チェコには日本人観光客いっぱいいたけど、ポーランドでは見ない。
さらに、アジア人も少なかったけど、ポーランドではじめて見かけた東洋人でした。
