都会の路地裏旅 鶴見線「海芝浦駅」と「国道駅」に降りてみる

遠くに行くばかりが旅ではない。

これは名言で、非日常な雰囲気を少しのぞいてみるだけで旅情はやってくる。

一方で、旅愁という言葉は、遠い距離をおく、もの寂しさから感じるものだろう。

旅情と旅愁。

この似たような言葉を使い分けることで、旅の楽しみは無限に広がると思っているがいかがだろうか。

かつて、鉄道紀行作家の故宮脇俊三氏は、首都圏在住の方で旅に出る時間のない方には、ぜひ鶴見線の乗車をお勧めする、と説いていた。

近隣の方なら周知の事実であるが、鶴見線は東海道線の鶴見駅を起点とし、京浜工業地帯の各工場に勤務する人々を運ぶ通勤路線である

したがって、通勤時間帯は、文字通りのラッシュアワーとなるが、それ以外の時間、特に休日に至っては、乗客はほとんどいなくなる。

沿線の工場も休止していることもあいまって、ゴーストタウンの中をガラ空きの電車が運河沿いに走る。

このギャップが非日常感を醸しだすのだろう。

京浜工業地帯を走る鶴見線

とはいうものの、わざわざ乗りに行く類のものではないが、たまたまYoutubeで動画がアップされているのをみて、そして川崎に仕事で行くついでがあったので、帰りに寄ってみることにした。

寄ってみることにした、とさりげなく言っているが、実は40年ぶり。

当時まだ小学生だった私は、前述の宮脇氏の著作を読み、平日の放課後に小遣いをもって乗りに行ったのが前回の訪問。

当時は、まだこんな車両が走っていた。

海上の駅として知られる「海芝浦駅」も、当時はこんな感じ。

まだ、首都高湾岸線もつばさ橋もない。

日本の古き良き、高度経済成長時代といったところだろうか。

 

さて、40年ぶりということに多少の感慨を覚えながら、まったく意味もなく鶴見駅に立ち寄ったのが4月の週末、そして夕闇迫る18時過ぎ。

もっとも乗客がいない時間帯であろうか。

運よく、次の電車は「海芝浦」行きだった。

鶴見線の運転系統は、完全に他の線区と分離されている。

つまり、行き止まり駅から行き止まり駅への旅。

そんなことも、旅情を誘う一因かもしれない。

 

案の定、車内は閑散。

鶴見から2つ目の鶴見小野で、一般客はほぼ姿を消す。

この先の駅に人家はなく、工場も閉まっているのだから当たり前だ。

そして無人の電車は暗い運河沿いを走り、終点の海芝浦に到着する。

たった11分の旅だ。

夜の鶴見線海芝浦駅

都会の路地裏旅などと称しているが、鶴見線海芝浦駅は、旅好きの方なら知らない人はいないだろう。

夕刻に訪れたこともあって、なかなか幽玄な雰囲気だ。

欄干の真下は海である。

海上からは、春の冷たい風が吹いてくる。

その向こうに光るのは首都高速湾岸線。つばさ橋である。

折り返しの時間が15分ほどあったので、ホーム前方を探訪してみる。

向こうから歩いてくる影は車掌さんだった。

行き止まりの駅を見て旅心地がわいてくるのは私だけではないだろう。

場所は関係ない。

ここ海芝浦駅は、駅の出口が工場の入り口につながっている。

そして、工場は当たり前だけど立ち入り禁止。なんと撮影も禁止だった。

鉄道マニアが無茶なことをやったのだろうか。

SUICAを自動改札機にかざして駅を出場し、再度入場する。

私1人しかいない駅は、かなり不気味である。

それでも、週末は1時間に1本の割合で運転されているようだった。

休日に営業運転の必要があるのだろうか。

ホームの先には、海芝公園なる小さな公園が設けられていた。

40年前にあったかどうかは記憶にない。

入っていけば、ますます不気味である。

ここで事件に巻き込まれたら、月曜の朝まで発見されないかもしれない。

つばさ橋を渡る自動車やトラックの轟音が、こちらまで響いてくる。

橋の下の灯りは大黒ふ頭か。

さて、電車に乗りこむとする。乗り遅れたら大変だ。 

関東の駅百選にもなってるようだ。

妖怪でも乗ってそうな電車である。

乗客は私一人。4月の土曜日、18時半ごろである。

これを旅というのかどうかわからないが、間違いなく非日常な体験だった。

都会の廃墟のような国道駅

海芝浦駅も幽玄な雰囲気だったが、国道駅も極めつけだった。

ホームが急カーブしてるので、隙間に気をつけながら降りなくてはならない。

国道なんて、なんと安直な駅名だと思う。

名前の由来は、鶴見線と国道が交差している場所だから。

その国道とは、かつての国道1号線、すなわち「東海道」。いまの国道15号線である。

この国道駅は、周囲に街があるので、利用者がいないわけではない。

おそらく1日千人以上の乗降客がいるものと推測する。

しかし、コンクリートの壁むきだしの渡り廊下に足を踏み入れれば、少々緊張が走る。

事件でも起きそうな場所である。

私は、松田優作主演のドラマ「探偵物語」。

最終回の松田優作が相手を刺し殺すシーンがオーバーラップした。

そして、勇気を出して、この陸橋の上で立ち止まり、下をのぞくとこの通り。

コツン、コツンと足音が響き、おばさんがこのトンネルの中を歩いていく。

よく怖くないものである。

反対側はこの通り。

こんなシチュエーションだと、ハイテク機器が妙に安心感を与える。

国道駅の開業は1930年。ということは、築90年以上の建造物。

おそらく、どこも改修されてないのだろう。

近寄ってみれば、時を刻んだ扉がほほえましい。

とはいえ、ここを通るのは、かなり勇気を要する。

私の娘には、絶対一人では歩かせないと思う。

10分ほど眺めていたが、その間、通り抜けていった人は、さっきのおばさんの他はたった1人だった。

落書きが、廃墟感を増幅させる。

トンネルの出口。旧東海道に立って、国道駅を眺める。

聞こえてくるのは、クルマやトラックの轟音だけだった。

国道駅となりの「味童 天金」で「あなご天重」をご馳走になる

夕餉時でもあったので、ちょうど国道駅のとなりに店を構えていた「味童 天金」に入ってみた。

グーグルマップでは、昭和46年創業の高級和食料理店とある。

先日、対馬で食べた「あなご重」の味が忘れられなくて、「あなご天重」をオーダー。

注文を取りに来た御婆さんに「お飲み物は?」と聞かれたので、ビールもオーダー。

御親戚の方も座敷におられた家庭的な料理屋である。

ビールを飲んでいる間、カウンターの向こうで、主人があなごをさばく様子を拝見することができる。

つきだしのおしんこも新鮮で美味しい。

そして、でてきた「あなご天重」。身が三つものっている豪華版。

熱々の「あなご天重」に大満足。

こんな店が自宅の近くにあったら通ってしまう、そう思わせる味付け。

ほかにも、てんぷらや刺身、うなぎなどもメニューにあるので、一品料理でもと思ったが、「あなご天重」だけでボリュームたっぷり。冷酒をいただくことにした。

勘定を払い、御礼を言って店を出る。「あなご天重」は2,200円だった。

良心的な価格である。

老舗の料理屋さんで美味しい食事をいただくと、廃墟ではなく、昭和チックなレトロな建物に見えてくるから不思議だ。

全行程2時間の、都会の路地裏旅だった。