さて、インド弾丸旅も終盤。
残された時間は4時間ほどなので、もうガツガツすることなく、ちょうどチャンドニーチョークの東端にいることだし、レッドフォートとジャーマーマスジドという、超有名なデリーの2大名所をさらっと見学して終わりたいと思ってます。
チャンドニーチョークロードのエンドポイントからは、大通りを隔てて、レッドフォートの偉大なる姿が見えています。

【世界遺産】月曜日でも入れたムガール帝国の赤い砦

上の写真は、その大通りを渡り終わった後なんだけど、どうやって渡るのかがわからなくて、近くにいた警官に聞くと、「そこを飛び越えればいいんだよ」と指差すのみ。
聞いた私がバカだった(^ ^)
そして、ムガール帝国の赤い砦「ラールキラー」、別名「レッドフォート」に対峙します。

昨日見学したメヘラーンガル砦と比べるわけにはいかないけど、高さはない。
しかし、横に広がりを見せ、押し出しのきいた姿は、やはりムガール帝国、威圧感は抜群だ。

差し当たって心配なのが、本日は2026年3月9日(月)。
そしてGoogleマップには月曜休館となっているが・・・

お決まりの外国人価格だけど、とりあえず中には入れるようです。

600ルピーを払って入ります。

通路につながる門。目が痛くなるほどさすがの赤い砦。
両サイドの八角形の塔は高さ33mだそうです。

誇らしげに揺れるインド国旗。

さて、どんな内壁が出迎えてくれるのかと思ったら、スーベニアショップに改装されてました^ ^

なるほど、建築の関係か、この通路は風通しがよく、外よりも数段涼しい。

インド人といえど、暑いものは暑い。
だから、みんなここに集まってくる。そこへ土産物店なわけですね。

涼しくて、犬まで寝てます^ ^

考えてみれば、この旅で、まだキーホルダー買ってない。

さて、どれがいいかな・・・

さんざん悩んだ挙句に、今回の旅に何の関係もないタージマハルのデザイン。
手前に小さくトゥクトゥクが描かれているからいいか。

ところで、レッドフォートは、ムガル帝国の第5代皇帝であるシャー・ジャハーンが、17世紀に創建したもの。

建築様式としては、赤い砂岩がメインとなっているが、ここにペルシャやヒンズーの文化も入った複雑なスタイルであるらしい。

言われてみれば、回廊を抜けたこの庭園のような演出は、たしかにペルシャ風。

かつて「世界で最も豊かな帝国」と呼ばれた時代の権威が息づく赤砂岩。

そしてここは、民衆の陳情所であったとのこと。

村の衆が直訴できるなんて、第5代皇帝シャー・ジャハーンは実はとても庶民派だったとか。

その皇帝は、ここに座っていたそうです。棺にもみえるけど、ここは王座です。

芝生からカゲロウが立ち上りそうな暑さ。

陳情所の立派な柱のたもとにペタリと腰を下ろして休憩。
この城塞は、セポイの反乱の舞台となり、イギリス軍の鎮圧によりもともとあった宮殿は破壊されてしまったという。
セポイの反乱といえば、イギリス東インド会社が開発した「エンフィールド銃」の薬莢に牛や豚の脂が塗られていたのがきっかけ。
中学時代の世界史の先生が、弾丸包みを口で噛み切るシーンを授業中に演じていたのを、なぜか今でも覚えている。

ますます上がっていく気温。あそこにカフェがある。

またオレンジジュースですかw

でも、ミネラルウオーターがない場合、コーラかジュースになる。
コーラをがぶ飲みするよりはいいでしょう。今朝から3本目。

冷たくて美味しいジュースを飲んでいると、なにやら足元にじゃれあってる小動物。
リスかな・・と思って画像をAIにアップするとインドヤシリスとのことで、3本縞が特徴だとか。

ひと通り歩いて、レッドフォートを出ます。次はジャーマーマスジドですね。

インド最大のイスラム教モスク「ジャーマー・マスジド」

では、施設見学としては、今回の旅最後。ジャーマー・マスジドへ向かいます。

レッドフォートからは近く、目と鼻の距離なんですが、路地が人とトゥクトゥクで大渋滞。
あそこに、アタマは見えてるのに。

まったく動かない・・・へたにもがくとトゥクトゥクに轢かれる。
スリに合わないように、カメラバッグだけはしっかりと押さえてます。

ようやく喧騒が一段落して、モスクの目の前に。

ところで、ジャーマー・マスジドの入り口ですが、私のとったルートのように南側から入ったほうがいいようです。
なんだろ、夜になったらライトアップされるのかな。

そのくらい、デリーにおいては代表的な観光名所。

入り口は、なかなかかっこいい。

ところが、ここで靴を脱げといわれる。モスクだから当然です。

しかし、ここに置いていくと、高確率でなくなりそう。
だから、自分で持って入りました。
2.2万円もしたアシックス・カヤノは貴重品同様です。

そして、何だかわからないけど、スカートのようなものを巻かれました。
私のパンツ、膝下しか露出してなかったんだけど、けっこう厳格です。

そして外国人料金400ルピーを払って入りました。

インド最大というだけあって、さすがに大きい。
実際、2万人も収容できるという礼拝堂では、金曜礼拝がいまでも行われています。
ムスリムの方しか入れないようでしたが。

セポイの反乱の際は、インド側の反乱軍が、白装束をまとってここに集結したらしい。
当時のイギリス人は、アタマはよかったのかもしれないけど、植民地側の文化や宗教への理解が足らなかったのかも。

でも、このオールドデリーだけでも、さっき瞥見した巨大なシーク教寺院やヒンズー教寺院が併存している。

同じ人類なんですから、宗教が異なっても分かり合える姿は美しい。

歩き回ると、足の裏が熱くなってくるので、中庭にある水辺で休憩。
この人たちは、何をやってるんだ?

ぼんやりと、目の前の光景を眺めて、今回の旅を回想。
ジャイプール、ジョードプルと回ってデリーに帰ってきたけど、あっという間の4日間だった。

では、そろそろ空港に戻ります。
デリーにも夕暮れが訪れている。
そんな光景を眺めながら、私はこれから空港へ行き、飛行機に乗り、翌朝東京について、そのまま会社に出勤である。
三蔵法師が聞いたら、びっくりして腰抜かすだろうな^ ^

メトロの駅へ。
ジャイプール、ジョードプルでは、まったくなかったけど、デリーともなると、歩いてると詐欺師まがいの与太者がひっきりなしに話しかけてくる。

今回の旅は、かくもインドは大きく広く、街によって雰囲気がまったく異なるという、しごく当たり前のことを学んだ。

同時に、インドという国は広大なのだから、まだまだ見ないインドの街が無数にあるんだぞ、ということに気づきとても嬉しくなった。

次にインドに来るのはいつかな、そんなことを考えながら、デリーを後にします。
