【世界遺産】世界最大級の石造天体観測儀「ジャンタル・マンタル」に古代の道標を思う

風を抜ける宮殿をあとにして、通りを一本曲がる。

そこには、世界遺産登録されたピンクシティ旧市街より早く、堂々と単体でユネスコ世界遺産登録されている無骨な幾何学の風景が待ってくれている。

巨大な石造天文台が並ぶ「ジャンタル・マンタル」

その幾何学的な風景とは「ジャンタル・マンタル」。

世界遺産登録されている施設なのに、外国人の入場料は、インド国民の6倍です(^ ^)

602ルピーという値段は、さっきのハワーマハルと同じ。

ところで、「ジャンタル・マンタル」とはなんなのか。

直訳すれば「計測する機器」で、つまり、石造の天文観測儀が集められたインド天文学の集結地である。

中に入ると、ジオメトリックというか幾何学アート的な設備が並び圧倒されるが、これはすべて天文観測儀。

ただの展示物ではなく、本気の観測装置だ。

とはいうものの、私には、何を測り、何を観測するのか、外観からではまったく理解できない。

持参した10年も前の「地球の歩き方」に解説図が載っていたので、それを頼りに歩いてみた。

たとえばこれは、サムラート・ヤントラ。

高さ27.4mで最も大きい天測機。

天体望遠鏡が発達する以前は、機器は大きければ大きいほど観測精度が上がるとされていた。

こちらは惑星の位置を測る観測機。どうやって測るのだろうか。

ジャンタル・マンタルで感じた中央アジアの記憶

壁のような三角形。地面に沈み込む円。

意味を持つはずの線と角度が、ただ静かに並んでいる光景。

正直に言えば、学のない私には、その意味を直感でつかむことはできない。

少なくとも、ハワー・マハルのように、「美しい」とか「心地よい」といった感情がすぐに立ち上がってくる場所ではない。

だけど、なぜか不思議な既視感があった。

そう思ったとき、頭に浮かんだのは、昨年8月に訪れた中央アジア、サマルカンドのマドラサだった。

青いタイルに覆われた荘厳な建物の中で、祈りと学問が分かちがたく結びついた場所で、私は確かに「天文学」という営みに触れていた。

目の前にあるジャンタル・マンタルの石造の装置たちは、その記憶とどこかでつながっている。

形も色もまったく異なるのに、そこに流れている空気は、驚くほど似ているように感じられた。

なぜだろうと、しばらく考えていたが、それはおそらく、距離感だと思う。

広大な大陸において、空を測ろうとする意思。

宇宙の秩序を、この地上に写し取ろうとする試み。

それがないと、古代からの旅人は、目的地へ到達することはできなかった。

そう考えると天文学への挑戦は、サマルカンドも、ここジャイプールも、ユーラシア大陸をまたにかけた、いわばシルクロードを越えて運ばれてきた知の連なりの、到達点のように思えてくる。

この天文台を建設したサワーイー・ジャイ・シング2世は、単なる王ではなく、天文学者であり、数学者であり、国際知識人だった。

イスラムだけでなく、ヨーロッパまでの天文学を取り入れた王である。

だからこの空間は、人間は、空を理解しない限り国を統治することはできないという、痕跡そのものだった。

大勢の観光客が押し寄せるジャンタル・マンタルでは、英語をはじめ、各国の言語によるガイドが行われている。

でも私では、一つ一つの装置の役割を聞いても、申し訳ないが理解できなかったと思う。

それよりも、大陸においては、古代から国家や旅人の道標になってきたのは星であるという、基本概念をあらためて意識したジャンタル・マンタルだった。

 

ジャイプールに来てから、インド観が見直される光景ばかり。

ふとポケットに手をやると、現代の旅人の道標であるGPS付きのスマホは、うなぎのぼりに上昇する気温に対抗し、省エネモードになっている。

インド観そのものの暑さだけは健在。

オレンジジュースで水分を補給して、ジャイプール街歩きは続きます。