人は待望久しい出来事に出くわすと、哲学的な境地にはまるのだろうか。
上海から延々とK1156列車に乗り続けて、考える時間も生まれ、
自分はなぜ旅しているのだろう・・・
私の好きな旅とはなんだろう・・・
なぜ、意味もなく長距離列車に乗ることが好きなのだろう・・・
なんて思いをめぐらせているうちに、ただの旅行記なのに、なんだか文調まで哲学的なトーンになってしまった。
まあ、何十時間も走る長距離列車にただ揺られ、食堂車で食事をすることが、バケットリストに書き込まれているような人間だから、それを半分達成できた列車内で幽体離脱状態になるのも、なんとなくわかる^ ^
実際、上海を出てから24時間以上。
睡眠以外は、ひたすら窓外を眺め続け、それでなお飽きないというのだから、相当な重症だと思う。
列車は、大巴山脈を四川盆地に向かって軽快に駆け降りています。

霧に包まれた四川盆地

高架橋を並走する貨物列車を見届けたかと思うと、宣漢駅に到着。

私の記憶違いでなければ、たしかこの駅で進行方向が逆になった。
昨夜、蚌埠駅で逆になってから、2度目のスイッチバック。
つまり、コンパートメント内が進行方向に向かって正の向きとなった。
私が朝起きてから今まで、ひたすら通路に立っていたのは、同室者が女性だから。
おばさんや子供ならともかく、おそらく女子大生なのでこちらが気をつかう。
コンパートメントに入る際も、扉が開いている時はいいが、閉まっている時、ノックをして反応を確認する配慮なども必要だ。

でも、進行方向が戻ったので、コンパートメントに入り、自分のベッドに腰掛けます。
彼女は案ずることもなく、テキストのような本を開いて、ひたすらペン字練習のような勉強をしていました。
窓外には、霧に包まれた街並みが流れます。

突然現れる原子力発電所。

このあたりは西安の区域になるらしい。

バスが現れ、街が近い雰囲気。

霧というより小雨になっている。さて成都の天気はどうだろうか。

いきなり街が開けました。
次の停車駅「達州」の郊外という雰囲気。

どんなところかとGoogleマップで調べると、なんと達州市の人口は600万人を超えている。
横浜市が400万人弱であることを考えると、これは恐るべき数字。
でも、四川省の人口が約9,000万人であることを鑑みれば、その構成をなす市の人口が600万人いても、不思議はない。
中国の人口のもつパワーをあらためて認識したという感じ。
こちらはm建ったばかりの新築マンションでしょうか。

達州に到着。12:23着で6分間の停車。
成都までは、あと5時間です。

隣のホームに停まっていた、東シナ海沿岸福建省の福州からやってきて、重慶まで行く長距離列車。

こちらのK1156列車より、一足早く出発のようです。

長距離列車の発車を直立不動で見送る駅務員さんに、こちらも敬礼したくなる。

そういえば、列車内では、女性の車掌さんが、車内の掃除から、毛布や枕の入れ替え、下車客への案内など、精力的に公務をこなしてました。

達州駅を発車して、左窓に現れたブリッジ。

霧が濃いだけに幻想的なショットに。

霧はますます濃くなります。

通路に出てみると、お弁当を販売してました。
なるほど、こういうことでも、食堂車の存在意義がありそう。

列車は州河という川に沿って走ります。

達州から成都まで直線距離でも330kmはあるのに、それを5時間だから、走っている時の速度はかなり速く、時速120kmくらいで飛ばします。
しかし、線路が直線的に敷かれているので、ほとんど揺れません。

終点成都西へ

土渓駅を発車。成都西まであと4時間半。
24時間以上走ってきているのに、時刻が定時というのも素晴らしい。

このあと、コンパートメントで頬杖をつくうち、ついうとうとして、目が覚めると、最後の停車駅南充に停車してました。

最後の停車駅といっても、ここから成都西まで3時間20分ほど。
もちろん、運転停車とかあるんだろうけど、3時間20分走り続けるというのもスケールが大きい。

南充の街並み。

ところで南充は、紀元前からの歴史ある街。
始皇帝の秦に滅ぼされるまでは、自国を統治していた巴国である。

まわりを山脈で囲まれ、水流にも恵まれ、統治しやすい地形だったのだろうか。

新旧織り混ざった建造物に哀愁を感じる風景。

これなんかは、シムシティなどの都市建造シミュレーションゲームを、実寸大で演じているかのようだ。

そして、高層マンションのすぐ下に畑。

成都西行き最終コースは、四川盆地を行くのだから平凡かと思っていたらとんでもない。

市民の憩いの場だろうか。

そういえば、今日は土曜日だった。

いきなり水路が広くなる。

小雨は止んだけど、まだ霧は深い。水路に反射するビル群も淡く揺れている。

上海⇒成都西のK1156列車の旅は、最後まで雄大だった。

成都郊外の街を通過。

成都は周辺の衛星都市まで含めると人口4,000万人を超えるので、成都到着1時間ほど前から、沿線がこんな風景になる。

宮脇俊三氏の「中国火車旅行」の1987年では、人口は360万人だったというから、ケタ違いの人口増加である。

上海から2,200km。かくして中国とは、ほんとうに広大な国である。

最後まで、頻繁にすれ違った貨物列車。

成都西まで乗り通す客は少なく、通路に出ている乗客はいなくなった。

成都西まで30分というところで、巨大な操車場が出現。

高速鉄道の操車場でしょう。

そして列車は、成都西駅のプラットフォームに滑り込みました。
同室の女子学生に、軽く別れを告げます。

30時間以上も同じ列車に乗り通したことなど、シベリア鉄道以来、人生2度目だけど、ふつうに目的地に着いたという日常感ただようホーム。

でも、緑色の車体は、砂塵で汚れている。間違いなく上海から走り通してきた証。

楽しい旅だった・・・と、しみじみ思う。
こんな列車が、数多く残されているのだから、大げさだけど、命あるうちに、満腹するまで乗り倒したい。

とりあえずは、30時間の旅、お疲れ様でした。
