【K1156 上海⇒成都西⑥】食堂車(餐車)で味わう四川料理

しばらく通路に立ち、映像のように連なっていく大巴山脈の峡谷を眺めていた。

が、朝食をパンだけで済ませたせいか、次第に空腹を覚えはじめる。

昨夜、食堂車で現代版捕物帳のような光景を目にしていたこともあり、足を運ぶのを少しためらっていたが、隣の車両である。意を決して向かってみる。

食堂車の思い出

食堂車はガラ空きだった。

すると、すでに二度ほど世話になって顔なじみとなったコックが、腕時計を指さしながら「11時まで待て」といった仕草をする。

どうやら朝食時間は終わり、昼の営業まではしばらく休憩らしい。時計を見ると10時半。

私は手近なテーブルに腰を下ろし、座席車気分で車窓を楽しむことにした。

窓外には相変わらず雄大な山峡と、すっかり細くなった漢江の流れが絡み合っている。

考えてみれば、走る列車の中の食堂車に、ただひとりで座っているという経験は初めてだった。

窓際の小さな花瓶に活けられた花を眺めながら揺られていると、いつしか食堂車にまつわる旅の記憶が次々と浮かんでくる。

はじめて食堂車なるものを体験したのは、東北本線の特急「ひばり」だったと思う。

まだ小学校低学年のころ、たしか時刻は夕刻、仙台から上野へ向かう車内。

何を頼んだのかは覚えていないが、食堂車の中は酒に酔った中年の男たちであふれ、ビールの匂いとタバコの煙が充満。

子供心には、正直言って最悪の空間だった。

食堂車に限らず、私が幼少であった昭和の時代、大人と呼ばれる人種は、周囲への配慮などかけらもなく、好き勝手に行動していたように思う。

話がそれたが、私の旅は緊縮財政であったこともあり、また最初の体験がトラウマになって、食堂車との付き合いはあまり覚えていない。

 

再び食堂車と向き合ったのは、90年代後半、上野から札幌へ向かう寝台特急「北斗星」だった。

予約なしで入れるパブタイムを待ち、ソーセージをつまみに赤ワインを傾けた。

内装は洗練され、テーブルの配置は4×4から4×2になり、そして当たり前のように禁煙。

窓の向こうへ流れ去る夜景を眺めながら飲む酒は、大人の旅という幸福感そのものだった。

時が経てば、自分自身の肉体や精神だけでなく、未熟な社会も大人になるものだな、としごく生意気な気持ちになったのを覚えている。

しかし日本社会は、賞味期限が切れたかのように衰退しはじめる。

なにごとにも経済合理性が優先され、食堂車は次々と姿を消していく。

車内販売すら縮小され、長距離列車から「旅の余白」が失われ、食事をしつつ旅を楽しむという大人の旅の楽しみ方がしにくくなった。

しかし、外国へ目を向ければ、我が世の春はまだまだある。

お隣の国、中国では、いまなお多くの長距離列車に食堂車が連結されている。

今から10年ほど前、北京から西安へ向かう列車の中で食堂車を利用した。

このときも2泊&車中2泊という弾丸旅だったが、そもそも中国の長距離列車に乗ることそのものが旅の目的だった。

中国といえども、車内販売を利用する乗客の方が圧倒的に多く、食堂車は閑散としていたが、運ばれてきた熱々の回鍋肉はとても美味しく、あまり美味しくなかった米飯とともに、忘れがたい旅の記憶となっている。

食とは人間の根源的な欲のひとつ。

そして心理学では、生きるための安全や安定を求める「安全欲求」という概念もあるらしい。

そう考えると、私の旅は「安全欲求」の延長線上にあるといえるだろう。

知らない町を歩き、異なる民族の営みを目にすることで、私は何事にも代えがたい充足感を得ている。

車窓とは、異国の営みを無限ループのように演出してくれるスクリーン。

だから食堂車は、旅の実感と生の欲求を同時に満たしてくれるライブハウスになる。

味覚的にも値段的にも、街の料理屋と比較して特に優位性もない食堂車の食事に私が惹かれるのは、そんな理由があるからだと思う。

食堂車から眺める大巴山脈越え

K1156列車は、大巴山脈を越え、集落を見下ろしながら四川へ向かって進んでいく。

敷設された高架道路が新しいだけに、よけいに寂しさを感じる風景。

ここは、いったいなんという町なんだろうと思っていると、

官渡という駅を通過。

官渡は大巴山脈の山中で、安康と漢中からの道路が合流する物流の要衝だったようだ。

ふと車内に目を向けると、車内販売のおばちゃんの姿が。

私と目が合うと、また出稼ぎに出かけていく。

食堂車は、車内販売員の憩いの場でもあるようだった。

食堂車で味わう四川料理

コックが注文をとりにきてくれて、四川料理らしく麻婆豆腐を頼むと「メイヨー(没有)」。

では回鍋肉を。50元だった。

さすがに、ひと通りの四川料理は揃えているらしい。

調理しはじめた厨房。

ジュージューとすごい音響、ほんとにライブハウスのようである。

実際に火も使ってるのだろうか。

運ばれてきた、脂ぎった回鍋肉。

昼の営業が開始され、乗客も集まりつつある。

シートにかけられたクロスに縫い付けられたパンダのマークと、四川料理のハーモニー。

さて、脂で光る野菜を口に入れてみると、

柔らかい赤ピーマンに、

緑ピーマンと豚肉の相性が思いのほか絶妙^ ^

脂っこいはずなのに、それを全然感じさせない四川料理。

辛さもふつう。さて、成都に着いたら何を食べようか。

四川省の小さな町 万源駅の風景

食事の後も、なんとなく居心地が良くて食堂車にたむろ。

ほかに客がいればどくけど、まだそこまで賑わってなさそう。

そして、窓外に家並みが立て込みはじめたと思ったら万源駅に停車。

定刻の10:39。

2分しか停車しないけど、万源は山間の小駅とはいっても人口50万人の小都市。

食堂車越しにとなりの硬座車をのぞくと、乗り込む乗客もそれなりにいるようだった。

万源駅出発の瞬間。

眼下にフリーマーケットが広がりました。

こんな光景に出会えるから、車窓は素晴らしい。

細長い高層建築が、ひと目で中華圏とわかる街の姿。

機関車に引かれた20両の客車がゆっくりと発車していく姿は、街の人たちの目にはどんなふうに見えているのだろう。

こんな山峡にもしっかりとした街があって、生活が営まれている。

わけもなく感動してしまう瞬間だった。

列車は、ふたたび山間部へ。

分水嶺を越えたので、列車はさらに速度を増し、川の流れも向きが変わった。

こんな山間部でも、いたるところで土木建築が行われる。

沿っている川は、なんと読むのかわからないが「后江」。

規模は小さく、四川省の字体を表す四つの川のひとつではなさそう。

河岸段丘にそのまま段々畑が作られる、親しみを覚える風景。

中国も地震は多いはずなのに、橋脚とか異常に細く見える。あれで大丈夫なのだろうか。

私の心配などよそに、列車は高速で下り勾配を快走します。

成都まで、あと6時間を切りました。