2年前は、まさかこんな結末をむかえるなんて夢にも思わなかった。
海外渡航に必要なパスポート。
渡航する国によっては、ある意味お金よりも重要であり、海外渡航者の分身ともいえる存在。
旅人にとって、愛着あるパーツであることに異論はないだろう。
ところが、わがパスポートの有効期限が到来し、幾度となく海外渡航の高揚感や緊張感、そして孤独感をともに味わってきた「相棒」と別れる日が来てしまった。
大げさかもしれないが、海外一人旅を好む人間にとって、パスポートは「相棒」そのものである。
このパスポートというドキュメント。
愛着がわく理由は、原始的な出入国記録にあるのかもしれない。
前述のように、国によっては、この記録が命に匹敵するほど重要なのに、その証左は、なんの変哲もないスタンプ。
ゴム板にインクを塗布し押し付けるという、古代からの風習がそのまま使われているという安心感。
人は、長らく伝統的なものには安らぎを感じるのだろう。
ビザの有効期限もボールペンの手書きだ。
しかし、だからこそ、このスタンプにかけがえのない思い入れが生まれるのかもしれない。
「深夜特急」の沢木耕太郎さんも、このように述べている。
出典:沢木耕太郎著作「深夜特急5」より
パスポートのドキュメントをめぐっての思い出も多い。
レバノンに入国しようとした時、じっくりと渡航記録を調べられ、ヨルダンのビザのところで係官の目が止まった時の恐怖。
(イスラエル入国の痕跡があると、レバノンには入国できない)
標高3600mのカラクリ湖で、中国関連の全記録を調べられたこともあった。
バスで国境を越える時、係官が乗り込んできて、乗客全員のパスポートを回収していくシーンがある。
海外にいて、パスポートを持っていかれるのは、身ぐるみはがされる気分でなんとも心細い。
新たに入国した国のスタンプが押されて返却され、ホッと安堵するのもつかのま、他国のスタンプの上に重ねて押されていてぶ然としたり・・
ビザを、わざわざ逆さまに貼る国もある。
とにかく、異国の出入国の記録は、旅の思い出であり、記憶という財産だ。
ところで、直近まで使っていた私のパスポートは通算3度の発行。
2012年に発行し、2015年くらいから、毎月のように海外渡航に明け暮れていた。
パスポートの査証欄が、各国のスタンプで埋まっていくのは快感だった。
国によっては、1ページを占領するビザがバンと貼られるので、どんどんページが残り少なくなっていく。
2019年も中ごろになって、パスポートの残りのページ数が6ページを切ったとき、「これは、『増補』を体験するチャンスかな・・」
などと、考えた。
「増補」というのは、パスポートの査証欄がいっぱいになったとき、パスポートに継ぎ足しを行うもの。
沢木耕太郎さんは、ギリシアの日本大使館でこれをやろうとして、1,500円分の料金が必要と知って、悩んだあげくに「増補」しなかった。
このとき、沢木さんは、日本大使館の館員に、
「パスポートの増補をする人も珍しいけど、その金額に悩む人も初めて見た。」とからかわれている(失礼!)
私は「深夜特急」のこのくだりを読んだとき、「パスポートの増補」が「バケットリスト」のひとつに加わってしまった。
「バケットリスト」とは、死ぬまでにやりたいことリスト。
「パスポートの増補」なんて、渡航国をこなさないと実現できないんだから、私の人生のベクトルに、とてもふさわしかった。
そして、有効期限残り3年&6ページというところで、日本はコロナという鎖国状態に陥ってしまうのである。
正直、残念無念だ。
ところで、「パスポートの増補」とはどんなオペレーションになるのだろうか?
そんなもの、Webサイトを見ればわかるんだろうが、あえて種明かしをされたくなくて調べないでいた。
しかし、わがパスポートの有効期限が切れ、増補の夢もはかなく消えてしまった今、申請方法などを検索してみた。
すると、パスポートの申請がオンラインで可能となる改正旅券法が本年4月に成立し、これに伴い偽造のリスクのある「増補」制度は廃止となるようだった。
泣きっ面に蜂とはこのことである(^^)
いずれにしろ、これまでの旅の記録が詰まったわがパスポートは、これでお役御免。
正確には、有効期限到来まで残り半年ほどあるが、有効期限が6か月以上ないと入国できない国も多く、事実上のThe Endである。
それにしても、旅の記録とは素晴らしい。
形に残るということは、その周辺の記憶も呼び覚ましてくれるということ。
パスポートは、間違いなく私の分身であり、自分が死んだ時は、おかんの中に入れてもらうように、娘に頼みたい。
そして、早く鎖国が解けて、新しいパスポートの申請に行く日を待つばかりである。
蛇足であるが、幼少のころは、日本国内でこんな遊びもしていた。
乗り降り自由の周遊券を使って、ひたすら旅をする。
降り立った駅では、「途中下車印」というものを押してもらう。
この「途中下車印」が、なにものにも代えがたく記憶に残るのであった。
しまいには、「途中下車印」を押してもらうために、わざわざ途中下車することも増えたが、旅のドキュメントとスタンプ。
すごく相性の良い相棒のように思う。