クウェート街歩き&白昼の静かな「スーク・アル・ムバラキーヤ」を歩いてみる

マトン・マクブースでお腹いっぱい。

腹ごなしに、白昼のスーク・アル・ムバラキーヤをあてもなく歩いてみようと思う。

白昼の静かなスーク・アル・ムバラキーヤ

本来なら夜に本領を発揮するであろうこの市場も、昼の静けさに包まれている姿はどこか素顔めいていて、かえって愛おしい。

アラビア文字だけが堂々と看板に刻まれ、英語表記が一切ない店構え。

本当に堂々としている。

まるでこの土地が千年近く続けてきた営みの延長線に、

自分が紛れ込んだような感覚だ。

さすがに、トイレにマークや略称がないと困るが^ ^

スーク・アル・ムバラキーヤはとても広い。

腹ごなしどころか、5,000歩くらい稼げそうである。

白昼のスークは信じられないほど静かで、

夜に向けてのプレリュードのようでもある。

中東のバザールの起源を思い出させるスーク

突然、アザーン(祈りの呼びかけ)が鳴り出したので、スークから外に出てみると、モスクが隣接してました。

生活の市場としてのスーク。そして、その隣に祈りのためのモスク。

そして、その営みによる剰余資金で築き上げられたタワーやビル群。

クウェートというのは、そういうわかりやすい街です。

こうしてスークを歩いていると、自然と頭の片隅に湧いてくるのが、中東のバザールの始まり。

中東が大好きな私にとっては、中東=バザールと言ってもいいくらいにイメージを侵されている。

バザールは、もともとキャラバン交易がもたらした「砂漠の十字路」だった。

ラクダの隊商がオアシスで水を補給し、

香辛料・宝石・絹布が売り買いされ、

旅人と商人が出会い、世界の端と端がそこでつながった。

だから、かつては、屋根などなく、この通りをラクダが往来していたに違いない。

その中心にあったのが「スーク」という空間であり、

物資の売買だけでなく、家族の話、政治の噂、旅人の物語なども行き交ったであろうと想像する。

昼のスークを歩いていると、そんな歴史の地層がふっと足元から立ちのぼってくるように思える。

スークとは、まさに情報と文化の十字路だったのだろう。

そのスークの様子が描かれた壁画。

こんな素晴らしい絵画がスークのど真ん中に飾られていることでも、クウェートの人たちにとって、スークが生活の中心であることを物語っているようだった。

とにかくクウェート文化そのものといったスーク・アル・ムバラキーヤ。

あてもなく歩くのが楽しすぎる。

当然のことながら、アルコールの販売などない。

でも、そんな汚らわしいモノ、ここにはいらない、そんな気もしてくる。

酒好きの私にしてみれば、天つばのような言動ではあるが(^ ^)

夜の再訪が楽しみになってきた。

では、夜になるまで、クウェート・タワーなどを見学しに行ってみよう。

スークの中にもあるレストランやチャイ屋。

タバコを吸う人も多いけど、ストリートはこの通りゴミひとつなく綺麗です。

これは、ゴミ?

かと思ったら、ジャンクアートでした。

ではいったんスークを後にして、Careemでクルマを呼びます。