メヘラーンガル砦を訪問し、余勢をかってジャスワント・タダも見学した。
気温は40度に上昇しているが、私に残されている時間は、本日の夜まで。
ジョードプルを21:50に出発する列車でデリーに向かわなくてはならない。
だから休むなんてもったいなさすぎる、ふたたび街を歩くことにします。
それにしても、3月で40度とは、真夏になったら50度越えが日常になるのだろうか。

汗をダラダラ流しながら、砦からの急斜面を下ります。

この高低差を考えると、メヘラーンガル砦へのアプローチは、私がとった裏側からの方が正解だったなと思う。
たまたま、私のホテルが、向こう側にあっただけなんだけどね。

そして、ホテル近くのミニ繁華街。

冷たいコーラをいただいて水分を補給。
コーラが40ルピー(68円)とは、いつも不思議に思う。

ジョードプルの旧市街を、ただひたすら歩いていた。

とにかく地図も見ずに、狭い路地へ入り込み、市場を抜け、オートリキシャと牛とバイクが入り乱れる喧騒の中を漂うように歩く。

乾いた風が吹き、クラクションが鳴り響き、スパイスの香りがただよう。

露店に積み上げられた野菜と揚げ菓子。

この街のこの光景は、どのくらい前から変わってないのだろうか。
ひょっとして、数百年前から?

雑踏を眺めながら、ふと何十年も前のことを思い出す。

子供の頃、地図帳を眺めながら憧れていたインド。
当時の私にとって海外旅行は、時間的にも金銭的にも、まるで別世界の話だった。
まったく現実感のない世界だった。

だからこそ、いま自分の足でジョードプルの雑踏を歩いていることが、不思議だった。
遠い世界だと思っていた場所は、生きながらえているとたどり着けるのだ――そんなことを、灼熱のインドの路地裏でぼんやり考える。

こういう感慨は、自分の人生の基礎を作った時代に築かれているので、幾度旅を繰り返したからといって、色褪せるものではない。

Z世代の人たちであれば、LCCなどの登場で、海外旅行の航空券は数万円という常識が頭に刷り込まれているだろう。

私が幼少の頃であった1980年代から90年代にかけては、海外旅行なんて高嶺の花だった。
航空券だけで何十万もするものだった。

だから、実際にこうしてインドを訪れて、地図で眺めていた地名にしっかりと足をつけて歩くと、観念だけで陶酔感にひたれる。
感動するとは、こういうことだと思う。

思えば私は子供の頃、地理は得意であったが、世界史が大の苦手だった。
王朝や年号を暗記する意味がわからず、ただ試験のためだけに覚えていた。
けれど大人になり、こうして異国の街を歩くようになってから、歴史は突然、生きたものとして迫ってくる。

なぜラージプートの王たちは、この断崖絶壁に巨大な砦を築いたのか。
そして、なぜイギリスはこの広大な国を支配できたのか。
メヘラーンガル砦の圧倒的な威圧感を見上げながら、そんなことを思う。

歩けば歩くほど、自分が何も知らなかったことに気づかされる。
もしタイムマシンがあって、学生時代の私に、「世界史は、いつか自分の足で確かめに行くものだよ」と伝えたら、少しは興味を持っただろうか。

そんな他愛もないことを頭に思い浮かべながら、気の向くままに路地を歩く。
これが、異国ではたまらなく楽しかったりする。
私は、このために生きているのだ、といっても過言ではない。
といいつつ、疲労感と脱水症状感には襲われるので、こまめに水分補給。

ホテル近くに戻ってきました。

冷たいシャワーを浴びて、汗を洗い流す快感。
今夜の寝台列車の旅も快適なものになりそうです。

では、身支度して、出発までテラスで夕涼み。
最後にキングフィッシャーでもいただきますか。
