「ごま蜜団子」とリアス式海岸の港町・統営(トンヨン)を歩いてみる

2025年5月5日。こどもの日。

港町定番の朝市で魚介の生臭さを存分に味わった後、ハーバーに沿った通りには行列ができてました。

これは、「地球の歩き方」のコラムに載っていた「はちみつパン」行列でしょう。

入江を眺めながら食べる「ごま蜜団子」

こんなに並ぶからには、相当美味しいということなんだろうね。

人は人を呼ぶ。私も人垣が途切れたところで、おばちゃんに声をかけてみた。 

すると、はちみつパンだけでなく、むしろ「団子」のほうがバリエーションが多い。

そして、考えてみれば、まだ朝食を食べてなかった。

眺めてるだけで、勝手によだれが出てきてしまう。

あいかわらずハングルオンリーだけど、これはたぶん、4種類パック、ということだよね。

おばちゃんに「4つセット」と手のひらを開いて伝える。

ハングルがわからなくても、なんとかなるもん。

そして、揚げたての団子がでてきました。

これを見た瞬間に、脳裏に浮かんだのがジョジョに出てきた「ごま蜜団子」。

本家本元の仙台バージョンは食べたことないけど、勝手に「ごま蜜団子 統営バージョン」と呼ばせていただきます。

蜜がたっぷりかかった団子をひとつ口に運ぶ。甘さの奥に、潮の香りが混じる。

なぜこの町で蜜団子なのか。地元の人にとってはおやつであり、旅人にとっては記憶の味。

調べてみると、統営の蜜団子は朝鮮戦争後の1950年代から始まったという。

戦後の混乱の中、統営で始まったこの菓子は、庶民の甘い楽しみとして親しまれ、いまやこの街の名物となったようだ。

あの愛想の良かったおばちゃん、ちゃんと、中身を4種類わけてくれたようだ。

統営で味わう宇治抹茶ごま蜜団子も、なかなか乙なものでした^ ^

南望山彫刻公園から眺める統営港の風景

さて、甘い団子でお腹がふくれたところで、腹ごなしの散歩。

ここ統営はその入江の形状から、「東洋のナポリ」などと呼ばれてるみたいだけど、私はナポリ行ったことないし、わざわざ「ナポリ・ホテル」なんてつけなくていいのに、と思う^ ^

韓国の港町・統営、これで十分だ。

ところで、この統営港を見下ろせる丘があるみたいなので、登ってみよう。

けっこうな急坂を歩くけど、所要時間は徒歩15分ほど。

夜はけっこうにぎわう、統営人気のエリアだそうです。

夜行くと、綺麗な夜景が拝める。

Googleマップに、何枚も写真が貼り付けられてました。

まだ登山中だけど、入江が見えました。

ほんとに、天然の良港、といった感じです。

あの湾の両岸を結ぶアーチ橋も、夜にはライトアップされるみたい。

まだ上があります。

展望台からの眺め。典型的なリアス式海岸だね。

南へ行けば東シナ海。東へ行けば対馬海峡。

この海岸は、およそ5000万年前、地殻変動と長年の浸食によって形づくられたものだという。

日本の志摩半島や三陸海岸と同じく、沈降と隆起を繰り返す地形がこの「海の迷路」を生み出している。

なるほど、日本と地続きだった太古の記憶が、こんなところにも残っているのかもしれない。

ごま蜜団子を食べたばかりだったから、松島にも見えてきた。

ところで、あちらに見える弥勒島には、海底トンネルが通じ、ケーブルカーで山頂まで行けるそうです。

さらに奥へ進むと、立ちはだかる銅像。

まぎれもなく、李舜臣(イスンシン)の銅像。

いうまでもなく、文禄・慶長の役の際、日本水軍を打ち破った英雄です。

ハングルだらけの統営の街

さて、アーチ橋を渡って、市街に戻ります。

おや、これは、なかなか洒落たバー。

またまた目の回るような、ハングル文字だらけの中の散策。

つくづく旅は距離ではない。自分の生活圏とはあきらかに異なる生活の営み。

韓国の地方都市らしく、モーテルも並びます。

そして、港町らしく、飲み屋も。

この韓国旅で、あてもなく歩く韓国の地方都市の楽しさを学んだ気がする。

これは、何の行列だろう?

いつからかわからないけど、韓国人はもともと行列という知恵があったようだ。

それとも、日本統治時代に伝播したのかな。

でも、その行列は、間を少しでも空けていると、勝手に割り込んでもよいルールだったらしい。

 

港の奥に行けば行くほど、田舎度あいが増す統営の街。

ハングル文字が漢字だったら、日本の田舎町に見えないこともない。

おっと、この街に着いてすぐに訪れた中央市場の他にも市場がありました。

こちらの市場は、生け簀というよりは、干物のほうが多いようです。

港町の風景は、日本も、そして洋の東西を越えて変わらないですね。

では、そろそろバス通りに戻りましょう。

今夜の宿泊地は釜山です。

今回の4泊5日朝鮮半島縦断ひとり旅の全行程・旅費などはこちらです。