オーバーツーリズムに驚くカレル橋&無念のプラハ城入場断念

なんだか、プラハをなんにも知らないアホな日本人が迷い込んで、勝手にドタバタしてる感満載で、はっきり言って恥ずかしい。

ほんとに、ヨーロッパって疎いんだよね・・・

プラハに着いて、まだ2時間。

旧市街広場を埋め尽くす欧米観光客の渦。

ゴシック様式が美しい中欧の建物。

歴史観を深く刻む市庁舎のたたずまい。

昼時でもないのに、来店客が並ぶカフェ。

これらが一気に襲ってきて、ヨーロッパ3年ぶりもあいまって、とてもとまどってる。

ありきたりな表現を使えば、地に足がついてない^ ^

オーバーツーリズムなカレル橋

旧市街広場で、少し呼吸を整えた私は、自分のペースでプラハの観光名所をめぐるべく、カレル橋に向かいました。

 

5月の青い空が美しい・・・

それ以上に、観光客の数がすごい。

しかも、その観光客は、ほぼ欧米人。

考えてみれば、私が直近で欧州を訪ねたのは、2023年2月のルーマニアが最後。

まだ、コロナが明けたばかりで、欧米観光客すら少なかったんだよね。

だから、このヨーロッパ一色の観光客の洪水には、なんとなく威圧感を感じてしまう。

14世紀に完成したとされる、黒ずんだ旧市街橋塔も威圧感たっぷりだ。

まあ、とにかくカレル橋を渡って、プラハ城側に行ってみましょう。

日差しが強いこともあって、私はサングラスをかけました。

なんとなく、顔をかくしたつもり。

プラハでの滞在は、今日1日だけ。

だから、地に足がついてないとしても、泣いても笑っても、プラハは1日だけ。

その1日が、こんな晴天に恵まれたことに感謝します。

濃い青空と、プラハ城が絶妙なコントラストを作り出してました。

ところで、どうでもいいことですが、一眼レフ(キャノンR10)の撮って出しだと、上の画像のように、コントラストが強く、色彩のカラーリングも強くなる傾向があるんですが、iphone proだと、下の画像のように、同じ撮って出しでも、勝手に調整してくれるんですよね。

カレル橋から眺めるブルタバ川。

エルベ川に合流した後、北海に流れ出る、チェコで最も長い川。

430kmもあるそうで、日本の信濃川より長いのは大陸の貫禄。

カレル橋には、30体ほどスタチューがあるようですが、この聖カルヴァリ像が一番人気のようでした。

プラハを象徴するカレル橋を渡り終えます。

なるべく人が少なくなる瞬間を狙って撮りますが、観光地なんだから人がいっぱいいて当たり前。

むしろ、オーバーツーリズムを楽しむ感覚で行動しよう、そんな気分になってきました。

考えてみれば、プラハと京都は姉妹都市。

プラハ城に通じる道は、強いて京都になぞらえれば清水坂といったところでしょうか。

つまり、オーバーツーリズムは街の誇りですよ。

衛兵交代式にぶつかったプラハ城

さて、プラハ城を目指しましょう。

プラハ城の尖塔(聖ヴィート大聖堂)が見えましたから、もうすぐですね。

このあたりから、上り坂が急になります。

城だから当然ですが、こんなところも京都に似てるかも。

途中で、プラハの街を見下ろすポイントに出ました。

そして、プラハ城の入り口かな、と思ったら、なにやら人だかりが。

時計を見れば13時ちょうど。衛兵交代式でした。

思いがけずも衛兵交代式を目の当たりで見れるとは。

それにしても、スマホ攻勢がすごい、ていうか遠慮がない^ ^

とはいえ、私も撮らせていただきました。

毎日のお勤めご苦労様です。

無念のプラハ城への入場断念・・・

さて、人の洪水と共に城内に入ったのはいいんですが、敷地内は広く、そして人が多すぎて、要するにエントランス、というよりチケット売り場がどこにあるのかわからない。

聖ヴィート大聖堂前の、いわば中庭ともいえる場所は、身動きできないほどの人、人、人です。

ようやく見つけたチケット売り場。

ここでチケットを買う人は少なく、みなさんwebで手に入れるみたいでした。

ちなみに450コルナ、約3,400円です。

さて、プラハ城に来たからには、30年戦争のきっかけともなった「プラハ城窓外放擲事件」の現場を見たい。

なので、チケットを固く握りしめ、旧王宮へ向かい、ふたたび聖ヴィート大聖堂の前を戻るんですが・・・

旧王宮はなんと2時間待ちの大渋滞・・・すげえ

思わず、あぜん・・・

本日しか滞在時間のない身にとって、2時間も時間は費やせない。

 

城内で最も古い建物のひとつである「聖イジー聖堂」も1時間待ち。

3連休の中日、そして明日がプラハ国際マラソンということで、ちょっと特殊な日に当たってしまったみたいですね。

とても無念でしたが、場内の散歩だけして、プラハ城を去ることになりました。

ちなみに、「プラハ城窓外放擲事件」は、このマップの「Ⅰ」のすぐ南の突き出たウイングで発生。

対プロテスタント強硬派であったハプスブルク家のフェルディナント王の取り巻き5人が投げ飛ばされ、20m以上も落下したようだけど、奇跡的に命は助かったという世界史で習う話です。

失意のまま、プラハ城を出て、あてもなく歩く下り坂。

まあ、プラハはこれからも訪れることはあるでしょう。再訪の楽しみができたと思えば。

すると、捨てる神あれば拾う神あり。

展望台がありました。

旧王宮や聖ヴィート大聖堂に入れなくても、プラハの街を一望できました。

そよ風もふいてて気持ちいい。

長らく神聖ローマ帝国内にあり、ボヘミア王国として君臨していた古都プラハの街並みを見下ろすことができて感無量。

姉妹都市として、よくぞ京都を選んでいただいたと思う。

プラハ旧市街の原型が構成されたのは13世紀ごろ。

その頃、京都は応仁の乱で、町中が焼け野原になっちゃったんだよね。

なんとなく、似たような歴史をたどっていることに親しみを感じます。

そんなことを思い浮かべながら見下ろす、美しいプラハの街でした。

さて、次はどこに足を運びましょうか。

うわ、まだ登ってくる人もいます。

喉が渇いたので、坂を下り切ったところの露店でジュースを。

150コルナで、1,140円もしました。

そういえば、さっき飲んだ黒ビールとビーフシチューは260コルナで1,970円だったから、当たり前のように思えて、物価のこと考えてなかった。

やっぱり高いんだろうか。

 

トイレに行こうとして、隣の公衆トイレに足を運ぶと、20コルナ(150円)。

しかも現金のみ・・・

ユーロだと1ユーロ(185円)。

トイレに185円は、今までの旅歴で最高額ですね(^ ^)