【K1156 上海⇒成都西⑤】安康から大巴山脈越え&通路に立って眺める漢江

寝台列車の揺れは心地よい。

とりわけ中国の鉄道は、日本よりもレール幅が広く、保線も行き届いていると思われる。

ガタン、ゴトンという規則的なジョイント音は、まるで子守唄のようだ。

だからこそ、その音が途切れたとき、ふと目が覚める。

時計を見ると4時20分。時刻表を思い返せば、おそらく襄陽だろう。

同室者を起こさぬよう、静かに扉を開けて通路に出てみる。

襄陽は湖北省の中核都市で、夜明け前にもかかわらず、ホームにはそれなりの人影があった。

大きな荷物を抱え、足早に階段へ向かう人々。静かな活気を帯びた襄陽駅。

K1156列車の時刻表です。

一夜明けてかわった景色

再びベッドに戻り、もうひと眠り。

次に目を覚ましたとき、列車は昨日とはまったく違う風景の中を走っていた。

窓の外には山が迫り、川が寄り添う。どうやら峡谷地帯に入ったらしい。

時計を見れば7時過ぎ。

あと1時間ほどで安康に到着するはずだから、この川は長江最大の支流、漢江に違いない。

持参した紙の地図を広げてみれば、列車は陝西省南部の安康を経て、大巴山脈を越えていくルート。

大巴山脈は、四川盆地を北から守る城壁のような存在だ。

今日の午前中は、その山間を縫うようなパノラマ車窓が続くのだと思うと嬉しくなる。

轟音を立てて貨物列車とすれ違い、その直後にトンネルへ吸い込まれる。

考えてみれば、上海を出てから初めて意識するトンネルだ。

眠っている間にくぐったかもしれないが、記憶に残るのはこれが最初。

そして、列車は旬陽駅を通過。

旬陽という地名は、もちろんこの時初めて知った。

Googleマップを見ても、山間の集落ぐらいにしか思ってなかったが、

トンネルをくぐり、突然、旬陽の街が現れた。

山間にいきなり展開されるので驚く。

しかし、仔細に地図を見れば、この街は漢江と旬江の合流地点。

これだけ幅の広い河川である。古代から水運で栄えていたに違いない。

食堂車もそろそろ営業を始めている頃だろうが、上海駅で買い込んだ柔らかなミルクパンを朝食代わりにする。

昨夜は持参したビシクレタ・レゼルバを半分以上空けてしまい、軽い二日酔い気味。

脂っこい四川料理は、まだ体が受け付けそうにない。

 

漢江が反対側に移ったのを機に、通路に出ると、ちょうど車内販売が通りかかる。

このおばさんは、昨日の昼の上海出発からずっと勤務。

こういう30時間もかけて走り続ける長距離列車の勤務体系はどんな感じなのだろう。

通路側の窓には、漢江が車窓いっぱいに展開されていた。

険しい峡谷でありながら、水量をたっぷりとたたえた流れは驚くほど雄大だ。

ときおり線路が分岐し駅を通過する。

こちらは早陽という駅。

K1156列車は高速で通過してしまうが、駅の助役さんが直立不動で見送ってくれる光景が印象に残る。

通路に立ち続け、眺める漢江の流れ。

三国志ゆかりの成都へ向かっている身として、どうしても車窓と歴史を重ねてしまう。

このあたりは西安から160キロほど南、かつて曹操が支配していた土地だという。

やがて大巴山脈を越えれば、そこは劉備の蜀。

水運を苦手とした曹操が、この大河をどう攻略しようとしていたのか──そんなことを想像するのも楽しい。

安康到着の風景

どこからともなく線路が合流し、街が近い合図。

そして水墨画のような漢江の演出。

まもなく安康に到着。山間のなかの開けた街という印象だ。

操車場も現れる、大きな駅に近づく雰囲気。

その広大な操車場をアンダーパスする道路。なんとなく中国らしく感じる構造。

そして、安康到着直前に、ふたたび寄り沿う漢江。

地図を見なくてもなんとなくわかる、安康は漢江によって北と南に分かれた街。

まるで、黄河によって分断された蘭州のようだ。

そして、分断する漢江に架かる見事な橋。

片側2車線と歩行者用鋪道が備えられた大トラス橋である。

夜にはライトアップされるのだろうか。

安康到着直前、左窓の素晴らしい演出だった。

定刻の8:38に安康に停車。停車時間は6分。

通路からコンパートメントの中に入ると、ホームの反対側にも停留中の列車。

向こうの列車はどこへ向かうのだろう。

これは察するに、漢中を始発駅として、安康と北京西に向かう列車。

漢中からみれば、安康と北京は方角が違うので、分割されるというより、この安康で切り離されるということだろうか。

ということを考えるのもつかの間、硬座車両から降りてきた乗客で、一気にホームがごった返す。

8時半という到着時間もちょうどよいのだろう。

人口300万人を擁する内陸都市だけあって、ここで多くの乗客が入れかわるようだった。

通路で立って眺める漢江

列車は安康を発車し、進路をやや南へ向ける。

川幅いっぱい水量豊かな漢江は、やはり左窓。

なので、ふたたび通路へ出ると、またまた車内販売のおばちゃんとはち合わせ。

このおばちゃんと相性がいいのに、上海駅で買い込んできたから、何も買ってない。

列車は大陸中国をさかのぼっているのに、川幅はむしろ広がっている。

Googleマップを見れば、安康を出てすぐは、漢江の川幅がやはり広がっている。

ダムでもあるのだろうか。とにかく雄大な眺めだ。

かつてのように、中国の列車はチケットが回収されなくなったが、下車駅が近づけば、起こしに来てくれる。

女性車掌さんの重要な役目の一つ。

大巴山脈へ分け入っていくK1156列車。

通路に立っていると、かすかに体感できる上り勾配。

大巴山脈の最高峰は神農頂で標高3,105.4m。

いまは海抜どのくらいだろうか。

並走する国道。橋脚が細いのも、なんとなく中国らしい。

人工物が増えてきた。

時計を見れば、まもなく9:26着の紫陽。

山と漢江に挟まれた、K1156列車の停車駅の中でも指折りに小さな街。

そんな街でも、大勢の乗客が降りていく。

中国大陸は広く、すべての街にまで空港や新幹線は通せない。

そんな街と街を結ぶために、いま私が乗っている緑色のK列車は存在している。

その運転区間をつなげた結果が、上海⇔成都西のような長距離列車になるのだろう。

そう考えると、中国の長距離列車旅は、まだまだ体験できそうだ。

ここから列車は、本格的に大巴山脈へと分け入っていく。

交通の難所であるはずなのに、列車の速度はまったく落ちない。

時速は100kmくらいだろうか。

カーブも少なく、川が大きく湾曲する地点では、直線を引くようにトンネルを貫いていく。

道路の方が、地形に遠慮しているようにみえる。

大巴山脈を登りつめたような場所で、列車は行き違いのため運転停車。

険しい地形のため、単線だったようだ。

ガオタンと読む「高滩(高灘)」という小さな駅。

探してもGoogleマップに載ってなかったが、「高灘」とは、中国では「川沿いの少し高くなった土地」という意味。

つまり、地形由来の素朴な地名。

上りの快速列車が通過して、こちらも出発。

鉄道紀行作家である宮脇俊三氏の著作「車窓はテレビより面白い」が、ふと頭をよぎった。

刻々と形と色を変える山と川。

ときおり姿を現す農家の屋根。

これほど贅沢な映像作品が、ほかにあるだろうか。

しかし、窓外を食い入るように眺めているのは私だけ。

他の乗客は、朝食の準備にスマホいじりと自分の世界に入っている。

不思議だ・・なんだって私は、こんなにも移動する車中から景色を眺めるのが好きなのだろうか。