ケニア・タンザニア・ルワンダ東アフリカ横断弾丸ひとり旅出発前夜

旅には目的が必要だ。

そう書くと、「あてのない旅」だってあるではないかとつっこまれるので、ここはあえて「時間に縛られた会社員旅人が弾丸旅をするには」と、至極限定的な但し書きをつけておく。

そりゃ、私とて、時間に縛られないあてのない旅にはあこがれる。

しかしながら、その対極にある、限られた時間であそこに行きたい、これも体験したい、となると、その対象を明確にしないと貴重な時間と投資額を浪費することになる。

今回の旅の目的は、明確に2つある。

  • サブサハラアフリカ地域を旅人として歩きたい
  • 同地域を公共交通機関で横断したい

単純なように見えて、これに、会社員旅人としての絶対条件である目的「予定通りに帰国する」を加えると、後述するが実はハードルがぐんと上がるのである。

ところで、サブサハラアフリカとは、いわゆる「ブラックアフリカ」の別名で、サハラ以南のアフリカで、人口の多くを黒人が占める地域を指す。

民族や人種の違いに意見するつもりも知識もないが、私にとってそこは、これまで旅してきたアジアや中南米とも異なる、もう一つの大きな旅の地平線だ。

そして、目的の2つ目である公共交通機関、つまり路線バスで横断すれば、現地の人たちの日常や文化、生活リズムなどを観察できるだろう。

シンプルな旅の目的でありながら、66回目のひとり旅にして初めての試みであり、私としては計画段階から気合が入っていた。

そのあたりを出発前夜として綴っていこうと思う。

旅のルート

向かうのは、東アフリカとされるケニア・タンザニア・ルワンダ。

インド洋沿岸のモンバサから、ルワンダの首都キガリまで、路線バスを乗り継ぎ、国境を2回越える旅である。

日付

午前

午後 宿泊地

8/6(木)

 

成田20:40 ⇒

(エチオピア航空)

機内

8/7(金)

⇒アディスアベバ経由

モンバサ11:40

【ケニア】

モンバサ観光

モンバサ

8/8(土)

モンバサ(早朝)⇒ バス

【タンザニア】

⇒ モシ(午後)

モシ

8/9(日)

モシ観光

モシ観光

モシ

8/10(月)

モシ(昼頃)⇒ バス

⇒ アルーシャ(夕方)

アルーシャ(夜)⇒ バス

車中

8/11(火)

⇒ ムワンザ(朝)

ムワンザ観光 ムワンザ

8/12(水)

ムワンザ(早朝)⇒ バス

【ルワンダ】

⇒ キガリ(夜)

キガリ

8/13(木)

キガリ観光

キガリ観光

キガリ

8/14(金)

キガリ9:40 ⇒

(ルワンダ航空)

【タンザニア】

⇒ ザンジバル13:10

ザンジバル

8/15(土)

ザンジバル観光

ザンジバル観光

ザンジバル

8/16(日)

ザンジバル12:05 ⇒

(エチオピア航空)

⇒ アディスアベバ経由

機内

8/17(月)

 

成田19:40着

 

スケジュールとして並べてみれば、なんの変哲もないただの移動日程だ。

しかし、早朝とか、昼頃とあるように、時刻がはっきりしない。

いや、予約サイト12GOで検索すると、上記のいくつかはひっかかるので、ある程度の時間帯がイメージできたのと、あとは、旅の先人たちのブログなどに頼った。

そして12GOで予約可能だった路線も、予約しても、結局予約確定に至らなかった。

正確な情報はわからないけど、コンゴ民主共和国やウガンダで発生しているエボラ出血熱の関係で、周辺国をまたにかける移動手段が制限されているのかもしれない。

さらに、アフリカのバスは、いちおうダイヤはあっても、満席にならないと発車しないとか、途中で座席を埋めるために、街に立ち寄るとかが当たり前らしいので、発車時刻も到着時刻も極めて大雑把のようである。

各国のビザを取得する必要があるため、上記日程でホテルは押さえたものの、移動手段は未定。

すなわち、3日目のモンバサからモシに至るバスチケットの確保がままならなかったら、その後のスケジュールがぐちゃぐちゃになる。

さらに、8/12のムワンザからキガリにかけての日程は、直通バスがあるのかどうかも不透明。

冒頭で言った「ハードルがぐんと上がる」と言ったのはそういう意味で、久しぶりな行き当たりばったりの旅になった。

それを、地図上にルートで示すと以下の通りとなる。

距離にしてしまえば1,700kmくらいと、そんなに大したことはない。

が、移動にどのくらいかかるのか読めない上、チケット確保もおぼつかず、予定通りの帰国が義務付けられている私にとっては武者震いするような旅になった。

 

一応、旅の撤退ラインも敷いている。

帰国便の出発をザンジバルとしているので、いざとなったら、そこに逃げ込めばいい。

ザンジバルというのは、タンザニアのインド洋に浮かぶ自治地域で、かつてはスパイス貿易などで栄え、路地が入りくねった旧市街にその面影を残している。

いっぽうで、美しい海と白浜のリゾート地でもあり、欧米などから多くの観光客が訪れる。

要するに、ザンジバルからの帰国便はそう簡単には欠航にはならないし、またザンジバル行きの飛行機は、タンザニア本土からだけでなく、周辺各国から多く就航している。

ムワンザあたりでバス旅に行き詰まったら、意外と簡単に空路でザンジバルには行けるのである。

会社員旅人がプチ冒険旅を行うには、こんな保険も必要なのだ。

苦労した旅の準備「ビザ取得」「予防接種」「高騰する航空券」

辺境の地へ行こうとすると、実際の移動費の他に、いろいろと準備と費用が必要。

まずは上の写真のように、人生で初めてイエローカードなるものを取得した。

イエローカード取得の経緯等についてはこちら

取得方法や、実際に打った感染症などについては、上記に記事を貼っておきますが、とにかくカネがかかる。

黄熱病を含めて、計4種の予防接種に88,300円。

マラリア予防薬19日分に19,836円。すなわち、感染症対策費の合計は108,136円に上った。

出費は痛いが、イエローカードを手にした瞬間の、旅の資格者の階段を一歩上がったような感覚は、やはり忘れられない。

 

そして、出費もさることながら、とにかく手続きが面倒だったのがビザ。

国名 受付から承認まで要した日数 料金
ケニア 2日 30USD
タンザニア 2週間 50USD
ルワンダ 2日 70USD

こんなふうに、一覧表にすると、面倒でもあっさり取得できたかのようにみえるが、とんでもない。

まず、滞在場所は必ずきかれるので、booking.comなどで、適当なホテルにあたりをつけ、そして各国の公式申請ページで入力開始。

3カ国ともだいたい質問内容は似たようなもので、自分自身の属性を入力したあと、妻、親の連絡先、勤務先、その他諸々入れさせた挙句、Chromeで申請してダメ。翻訳を解除してもダメ。

サファリでもダメ・・・・iPhoneでやってようやく通過。

今度は、パスポートや顔写真がアップできず・・・こちらだけPCブラウザ使ったりして、なんとかクリア。

そして支払い・・・クレカ決済が通らず・・

これ3カ国分喰らうとほんと疲れる(笑)

生成AIに質問しても、こういうときは「カード会社を変えて」とか「時間や曜日を変えて」みたいな、教科書通りのことしか教えてくれない。

それでも、ケニア、タンザニアは何度もトライしているうちになんとかクリア。

ルワンダだけは、それこそ1週間以上クレカ決済で停滞し、ビザの承認IDだけはもらえているので、支払いをキャッシュにして、現地で代金を払おうかとも考えた。

と思った矢先、なにかの拍子にストンと決済が入って受付状態に。

受付状態になってからは早く、2日でルワンダのビザも無事にゲットできた。

ちなみに、タンザニアには再入国するので、本来ならマルチビザを取得するべきだったけど、気が付いたのが申請後。

でも、マルチは2倍の100USDなので、コストは変わらないし、再入国のザンジバルは空路なのでアライバルを普通にとれるはず、と踏んだ。

そして、ルワンダのビザは、なぜかwebではマルチのみ、なので、本来なら50ドルのところが70ドルになっている。

いずれにしろ、トータル何時間を要したのか計りきれないほど費やしたビザ取得には、計150ドル。

タンザニア再入国の50ドルも入れれば200ドル(約32,000円)。

アフリカ諸国を旅するということは、こういうことなんだ、と少しずつ洗礼を受けている気分。

 

予防接種やビザの準備に比べると、だいぶ前から準備していた往復のフライトは、2019年2月以来となるエチオピア航空。

エチオピアのアディスアベバをハブとしたアフリカ大陸をまたにかけるエアライン。

  航空会社 便名 フライト

乗継ぎ時間

往き

エチオピア航空 ET673

成田20:40 ⇒ アディスアベバ5:50

3時間30分
ET322

アディスアベバ9:20 ⇒ モンバサ11:40

 

帰り

エチオピア航空

ET800

ザンジバル12:05 ⇒ アディスアベバ14:40

7時間55分
ET672

アディスアベバ22:35 ⇒ 成田19:40

 

以前から、そんなに安くもなかったんだけど、昨今の燃料高騰で、240,200円もした。

エコノミーで20万円以上する航空券は久しぶりだけど、これはまあ仕方ない。

フライトプランを見れば、帰国便のアディスアベバの乗り継ぎ時間は7時間55分。

これが8時間になれば、エチオピア航空から「トランジットバウチャー」なるものが発券されて、トランジットビザ無料で入国でき、提携ホテルで休憩することなどできるようだが、どうなることか。

たとえトランジットバウチャーをもらえなくても、8時間もあるので、街に出てエチオピアコーヒーくらいは飲んでみたい。

 

さて、出発前準備がおおむね整ったところで、あらためてアフリカ大陸の危険度情報地図を眺めてみる。

出典:外務省海外安全ホームページ

2026年の8月から彩色に変更があったらしく、最初見た時は、赤よりも危険なエリアが出現したのかと思ってしまった。

いずれにしろ、アフリカ大陸には、政府や治安当局の統制が十分に及びにくい地域が少なくない。

ずるい言い方だけど、私は地政治学者などではないので、どうしても、安全に旅ができる場所はどこなんだ、という目でマップを追ってしまう。

前の記事にも書いたが、かつて日本人である服部正也氏が中銀総裁を務めた内陸国ルワンダはアフリカ屈指の治安の良い国である。

隣国のコンゴ民主共和国でエボラ出血熱が急拡大しているにも関わらず、感染者の水際防止が徹底されているところを見ると、他の国と比較しても政府機能も優秀なのだろう。

そういうアフリカの内陸国へ、インド洋沿岸のモンバサから、数日間かけてバスを乗り継いでいく。

おそらく、車内も窓外の景色も、日本で見ることはない光景が広がっているに違いない。

冒頭に「サブサハラアフリカ地域を旅人として歩きたい」などと少し持って回った言い方をしたが、もっとストレートに言えば、黒人が多数を占める社会の中に、アジア人である自分の身体を置いてみたかったのだ。

それは、人種や肌の色を語りたいということではない。

日本では決して味わうことのない圧倒的な異文化の中で、自分が旅人としてどんな感覚を抱くのかを知りたかったのである。

 

会社員の身で、自分がやりたかった旅をする。

ただし、無謀に突っ込むのではない。ビザを取り、予防接種を受け、マラリア予防薬を持ち、ザンジバルという撤退線を敷いたうえで、地図の上の線を自分の身体でなぞりに行く。

66回目の海外ひとり旅。

それでも、今回の出発前夜は、これまでとは明らかに違っていた。

すでに、モンバサのバスターミナルで、タンザニアへの国境へ向かうバス会社を探している自分の姿を夢の中で見た。

魂の半分が一足先に、アフリカ大陸へ乗り込み、偵察をしてくれているような気分だった。