ライトアップで姿をかえる 夕暮れ〜夜のプラハ街歩き

準備不足でドタバタ続きだったプラハの散策も、夕暮れを迎えました。

ユダヤ人地区の近くのカフェで、ワインでもいただいたら、ほろ酔いで、夜のプラハの街を歩いて、それでこの弾丸トラベル&プラハのドタバタ劇を終わりにしましょう。

ホテル並みに高かったワイン&ステーキ

さて、ランチはプラハ御用達のビールをご馳走になったので、夜は自分のテリトリーのワイン。

そして、水も有料。

このときは、メニューを見て、ワインも水も意外に高いな、と思っただけ。

そして、「肉系のおつまみを」とお願いして、出てきたステーキ。

アスパラにポテトが添えてあって、美味しそう。

実際、マスターをたっぷりつけて食べたら最高。赤ワインによく合いました。

ところが、勘定はもっと最高でした(^ ^)

650コルナ、4,930円です。

内訳は忘れたけど、ワインと水だけで2,000円近くいった気がする。

まあ、ホテル代が5万円とかなので、推して知るべき。

安く済ませたかったら、さっき目にしたマーケットとかで惣菜でも買って過ごすしかなさそうですね^ ^

夕暮れに包まれるプラハ城

20時過ぎてもこんなに明るいのはありがたい。

しばらくブルタバ川のほとりにたたずんで、完全に日が落ちてライトアップされるのを待ちます。

橋の上は、相変わらずトラムが快走。おや、女性の運転手ではないか。

変わったトラムだな・・・と思ったら、観光トレインでした。

私としては、このレトロな感じのトラムが好きだ。

そう思って調べてみると、これは「タトラT3」と呼ばれるチェコスロバキア時代のタトラ国営会社が1950〜80年代に大量に製造した車種。

もちろん当時のものがそのまま使われてるケースは少なく、リニューアルされていると推測するが、カラーリングやスタイルは原型イメージのまま。

景観を残す文化がこういうところにも残ってるようです。

少しづつライトアップがはじまりました。

対岸にもトラムの姿が。

ブルタバ川をゆく遊覧船。そして夕闇に浮かび上がるプラハ城。

こうしてみると、入れなかったけど、美しい城は観るものだとも思う。

プラハ城は、起源を880年とされる世界最古の古城。

ボヘミア国王や神聖ローマ皇帝の居城として、1000年以上の歴史を刻んでいる威圧感が川を挟んで伝わってきます。

 

船着場かと思ってたら、兼リバーサイドカフェでした。

ここも、さっきの店と同じくらいするのかな。

いや、場所がいい分だけ、もっと高くなってる気がする。

夜のマラー・ストラナ地区

ブルタバ川の西岸、マラー・ストラナ地区と呼ばれるエリアを歩いてみました。

マラー・ストラナとは、訳せば城下町と解釈されるプラハ城の麓に広がるバロック様式の建物が並ぶ街。

人の営みは紀元前にも遡るとされるが、この街並みが形成されたのは30年戦争以降。

30年戦争は、知っての通りキリスト教新教徒と旧教徒が争った宗教戦争。

30年戦争の終盤、1648年7月。

スウェーデン軍はプラハを奇襲。

このエリア、マラー・ストラナとプラハ城を占領しました。

このあたり、ヨーロッパの戦争事情が複雑すぎて、よくわからないところもあるけど、宗教戦争の観点で言えば、カトリックの守護者であり敵国だったハプスブルグ家に近い関係のプラハを襲い、ウエストファリア条約における有利な講和条件を勝ち取ろうとしたのが狙いらしい。

スウェーデンは、プラハ城を占領すると、大量の財宝や美術品を略奪し、今でもストックホルムの美術館に保管されているというからすごい。

だから、このあたりはスウェーデンの息のかかった建築物が多いとされてます。

しかしながら、この美しい建物は聖ニコラス教会で、カトリックの重鎮。

つまり、このあたりを占領したスウェーデン(プロテスタント陣営)に、ハプスブルク家(カトリック陣営)が、見せつけるかのように建てたのが、この圧倒的で豪華絢爛なバロック様式の教会。

人類というのは、後にも先にも、宗教で争うということが、ヨーロッパを歩くとよくわかります。

旧市街への帰り道、この教会の下を通るトンネルが面白かった。

ここだけ単線なので、すれ違う時、いったん待つんですよね。

誰が指示を出しているんだか^ ^

ライトアップされたプラハの街

21時を過ぎて、日暮の遅いプラハもようやく夜の帷が完全におりました。

カレル橋も昼と夜ではまったく別の顔。

ライトアップされたプラハ城も美しい。

ところで、ホルムス海峡が封鎖されて、各国のエネルギー自給率が問われてますが、チェコはEU諸国の中では比較的高い60%。

石炭や原子力が主な供給源ですが、冬の寒さの厳しさが、エネルギー事情への本気度を物語っていますね。

旧市街広場も装いをかえてました。

実は、ここで初めて気づきました。

明日が、プラハ国際マラソンだったんですね。

それで、こんなに、人出が多かったんだ。

でも、もし、私の滞在日が明日にぶつかっていたら、交通規制やらで、まともに街を歩けなかったかもしれない。

だから、混雑でプラハ城に入れないという不運もあったけど、実は運が良かったんですよ。

市庁舎のまわりも、夜更けまで観光客がいっぱい。

私は、歴史的事件「プラハ窓外放擲事件」の現場に立てて嬉しかったです。

プラハとは今夜でお別れ。

今度来るときは、数日の滞在、そしてプラハだけでなく、周辺の街やスロバキアも合わせて歩きたいですね。