ビクトリア湖畔の街ムワンザをあてもなく歩いてみた【タンザニア一人旅】

今日は、2026年8月11日火曜日。

東京を出発して5日目。ちょうど旅の中間点。

ホテルのベッドに腰掛けて、今回の旅を回想してみる。

旅においては、こんな瞬間がたまらなく好きだ。

人生において、なくてもまったく困らない時間だけど、だからこそ、自分が選んだ好きなことに時間を費やしている実感がわいてくる。

マンゴージュースを飲みながら、そんな幸せをかみしめてます。

ルーフトップバーから見下ろすムワンザの街

ちょっと休憩という気分で、ホテルに戻ったものの、ベランダから裏通りを眺めているうちに、また街を歩きたくなった。

ここが、今回泊まったホテルの、わかりにくかった入口。

ホテル前は、ミニバスの発着所、だと思う。

さて、どこへ行くというあてもないけど、たまたまyoutubeを見ていて知った、街を見下ろせるルーフトップカフェがあるというので、行ってみようと思った。

ムワンザのメインロードともいえるケニヤッタ・ストリートを東へ500mほど歩くと、ひときわ高いビルがあります。

東アフリカに来てから、まだ一度もエスカレータやエレベータを見たことがない。

まさか歩いて登らされるのか、と思ってたら、さすがにエレベータがありました。

ちなみに、今回の旅でエレベータを使ったのは、空港以外ではここだけです。

ちなみに場所はここ。

夜登ったら、夜景が綺麗そうなレストランです。

8階までエレベータで上がり、階段で9階にたどり着いたルーフトップバー。

午後の中途半端な時間なので、あまりお客さんがいません。

でも、夜なんか賑わうんだろうな。

屋外だけど禁煙。これはよろしい。

そういえば東アフリカでは、タバコ吸ってる人ほぼ見かけない。

アフリカの国民性なんだろうか。

5月に行ったポーランドでは、老若男女問わず、そしてところかまわずフカしていて閉口した。

 

スタッフが置いていったメニュー。

なんでもあるけど、さっきデカいティラピアを丸ごと食べたばかり。

なので、パイナップルジュースと、簡単なつまみを。

そのつまみが来るまで、下界を眺めます。

ビクトリア湖まで見通せるけど、目の前の建設中のビルがなんとも惜しい。

メインロードのほかは、小高く盛り上がってる、それがムワンザの地形のようです。

屋根の勾配が緩いところなんかは、日本の家屋に似てますね。

ダルエスサラームに次ぐ、タンザニア第二の都市ムワンザの俯瞰図でした。

「簡単なつまみ」とオーダーしたら、スタッフがニッコリ笑ってサモサを出してくれました。

タンザニアで食べるサモサ。

かじってみると、中が熱すぎて一度に食べられない・・・けど、サモサのような食べ物は熱々こそ正義^ ^

ムワンザの街をあてもなく歩いてみる

さて、ムワンザ滞在もあと半日。

タンザニア第二の都市といっても、日本ではお世辞にも知名度が高いとは言えない。

それこそ予備知識もなく訪れた街だけど、とにかく路地という路地を歩き倒してみようと思う。

ガソリンスタンドをみれば、「経済の体温」の様子がわかる。

1リットルあたり4,000シリング(約240円)であれば、日本よりはるかに高い。

しかし、そんな価格をよそに、平然とロータリーを横切っていく人々。

とりわけ目を引くのは、頭上に大きなタライや荷物を乗せた女性たち。

東アフリカ伝統の運搬スタイルのようだけど、背筋をピンと伸ばし、ブレない軸を持って雑踏を進むその姿からは、見惚れるほどの「自信」が満ちあふれて見えます。

ガソリンは高くてもモノは豊かなのだろうか。

手押し車には山盛りのシトラスフルーツが黄金色に輝いてました。

考えてみれば、この街がタンザニア第二の都市であるのは、ビクトリア湖の南岸に位置した貿易港であったからであろう。

時代は変わったのかもしれないけど、水運の果たす役割は大きい。

なにしろ、ビクトリア湖は北海道に匹敵する大きさなのだから。

街中にはやはり日本車が多い。

そして、街中で目につく車を磨き上げる人の姿。

車を綺麗に洗う文化なんて日本特有のものだと思い込んでいたが、それは傲慢な錯覚だったらしい。

砂埃の舞うアフリカの路上だからこそ、相棒をピカピカに保つこと、それが彼らにとっての生活のプライドであり、ステータスなのかもしれない。

洗車場の多さも、その感覚を裏付けている気がする。

日本車に次いで、バイクやバジャジ(トゥクトゥク)も多い。

そのバジャジもまた、住民の愛着ある商売道具なんだろうと思う。

チャップリンのステッカーに、南アフリカの国旗を前面に貼ったバジャジはピカピカだ。

これは運転手の趣味なのか、それとも何か別の意味があるのか。

はたまた、運転手はイギリス出身なのか。

こういう小さな謎も、街歩きでは妙に楽しくなってくる。

観光名所をめぐっているわけでなく、ただ歩いているだけ。

けれど、ガソリンの価格表示、手押し車の果物、頭上に荷物を載せて歩く女性たち、車を洗う姿。

そういう断片を拾っていくうちに、この街の暮らしの輪郭が少しずつ見えてくる気がします。

 

私はバスで旅してるけど、タンザニア第二の都市なら空港があって当然。

インド洋沿岸のダルエスサラームまで、バスなら18時間くらいかかる行程だけど、飛行機なら2時間ほどだ。

そして、ビクトリア湖手前のロータリーで目にとまった何かのモニュメント。

ただの切り株かと思ったら、なんとこれは「ドイツ植民地時代の絞首刑の木」のモニュメント。

植民地政策に対する反抗かと思ったら、その逆で、当時統治していたドイツの植民地政府が、反抗した地元の部族のリーダーたちを公衆の面前で処刑するために使用していた歴史があるらしい。

いわば、負の歴史証人なわけですね。

あてもなく歩いていたつもりが、突然、歴史の暗い記憶にぶつかる。

地図上ではただの交差点でも、そこにはかつての支配と抵抗の記憶が刻まれている。

これもまた、知らない街を歩くということなのだと思います。

 

そして、路地を一本奥に入ると、当たり前のようにモスクが現れます。

空を突く美しいミナレットからアザーンは流れてこない。

いや、もしかすると、激しいクラクションの合間に、鳴っていたのかもしれない。

キリスト教とイスラム教、そして土着の文化が混ざり合いながら、当たり前のように隣り合って息づいている姿は美しい。

 

そのモスクの隣にたっていた学校。

知らない街の街歩きは、時間を忘れてしまうほどに楽しいもの。

気がつけば18時過ぎ。

そろそろ、ビクトリア湖の湖岸に出向いて、優雅だといわれる夕日を眺めてみますか。