ポーランドの首都はワルシャワ。
しかし、ワルシャワよりもクラクフの方が首都としての歴史は圧倒的に長い。
そんな、世界遺産「クラクフ歴史地区」を構成する、歴代ポーランド君主の居城でもあった「ヴァヴェル城」を尋ねてみたいと思います。
こちらは、早朝のクラクフ旧市街中央広場。

旧市街グロヅカ通りを南へ

そもそも、ホテル前の通りが古都クラクフの旧市街を代表するメインストリート「グロヅカ通り」です。
国旗が誇らしげに揺れるのがポーランドらしい。

ドミニカンスカ通りと交差すると、トラム軌条とも交差。

歴史地区を思わせる建物とトラムの対比が素晴らしい。旧市街ならではの光景。

午前9時を過ぎて気温も上がりはじめてるけど、それでもまだ気温は17度。
散策するのにちょうどいい気温。
5月は日本も爽やかだけど、中欧もベストシーズンのようです。

そして、ヴァヴェル城の麓に着きました。

歴代ポーランド王の居城ヴァヴェル城を歩いてみる

月曜日のヴァヴェル城の開城時刻は10時。
すでに待ってる人が何人かいますが、開城時間と同時に来たのは、先日のプラハ城がトラウマになってるから。
世界遺産の城まで来て、満員御礼で入れなかったなんてマヌケな話は、あれっきりにしたい^ ^

さて、そのヴァヴェル城に南側から回り込むように登っていきます。

ゲートで手荷物検査でもするのかと身構えていたけど、フリーパス。

途中の展望台。

澄み切った空に気球が1つ浮いてました。

どこが入り口なのかわからないままに、敷地に入っていくと、出迎えてくれたのがヴァヴェル大聖堂。

持参した古い地球の歩き方によると、ヴァヴェル城内は、いくつか見学区域が分かれていて、この大聖堂のほかには、この先に旧王宮があるのだという。

そこで、まず手はじめに旧王宮へと足を進めたが、なんと月曜日で内部見学は休館。

歴代の王様が愛用した備品やコレクションとした絵画などが飾られているという王室内部が見れなかったのは残念だったけど、中世の欧州をイメージさせるアーチ型の回廊が美しい。

「地球の歩き方」によれば、このアーチはイタリア建築家によって設計された3層に連なるルネサンス様式だそうです。
言われてみれば、たしかにただのアーチではない。

ヴァヴェル大聖堂の中を見学してみる

ヴァヴェル城構成の一つ、ヴァヴェル大聖堂には入ることができました。
26ズウォティ(1,100円)は良心価格。

ヴァヴェル大聖堂は、歴代のポーランド王や国家の英雄、偉大な詩人たちが眠る、ポーランドで最も重要とされるカトリック教会のひとつ。

順路通りに、ほかの見学者と一緒に歩いていくと、いきなり豪華絢爛たる広間に通されます。
これがヴァヴェル大聖堂の身廊であり、聖堂内で最も重要な「聖スタニスワフの祭壇」です。

歴代のポーランド国王たちが、戦勝報告として捧げ物を持ち寄った非常に神聖な場所とのこと。
なので、歴史的にこの祭壇は「祖国の祭壇」とも呼ばれているらしい。
実際、正面には、ポーランドの守護聖人である聖スタニスワフの遺骨を納めた、精巧な銀製の棺が安置されていました。

なんで、そんなことを私が知り得ているかというと、前を歩くツアー客のガイドさんが、マイクを使って説明しているから^ ^

ズルいかな・・・タダで解説してもらっちゃって(^ ^)

主祭壇のまわりをぐるりと取り囲む回廊「アンビュラトリー」。

キリストの光、奉納ローソク。

ポーランド国王ウワディスワフ3世の棺。

彼は若くしてポーランド王とハンガリー王を兼ねた勇敢な戦士。
この若き国王は、ヴァルナの戦い(1444年)で、キリスト教世界を救う十字軍を率いオスマン帝国と激突。
20歳という若さで戦死した英雄である、とガイドさんが熱弁を振るってました。
さすがに、ガイドさんの案内を盗み聞きするのもはばかれるので、私は鐘楼を登っていきます。

けっこう急だし、狭い。

それでも、小窓から見下ろすクラクフの街は素敵でした。

これ、旧市街中央広場の方角かな。あの一際高いのが聖マリア聖堂だよね。

時を告げるだけでなく、疫病を追い払う意味もあるとされた鐘。
まだ現役で、国家の祝日の際には使われているというから、昨日の憲法記念日には鳴らされていたんだろうか。

ステンドグラスも美しいヴァヴェル大聖堂でした。

鐘楼からの順路で、出口付近が地下になってるんだけど、そこに圧倒される感覚で並んでいたのが王の墓所。

もちろんこれらも国王たちの棺なんだけど、このあたりはポーランドの黄金期の終盤を治めたヴァーサ朝の国王たちとその家族の棺が並んでる。
出口に近いという場所にも意味があったんだろうか。
というわけで、旧王宮の中には入れなかったけど大聖堂の中をくまなく探検できたヴァヴェル城見学でした。
時計を見れば午前11時。朝早かったので、少々小腹がすくころです。
